第40話 リースとロベルトの関係
リース&ロベルトの関係
夕暮れの騎士団本部。
窓の外は茜色に染まり、鐘楼の影が長く石畳を裂いていた。
リースは机に積まれた書類を抱え、深く息をついた。
「……これを今日中に片づけろなんて、無茶だわ」
呟きながらも手は止めない。
公爵令嬢の頃なら侍女が代わりにやってくれただろう。
けれど今は、誰も助けてはくれない。
――いいえ、助けられてはいけないのだ。
自分がかつて公爵令嬢リース=グラスゴーだったことを知られれば、きっと周りの態度は変わってしまう。
父が「国家反逆罪」で処刑された以上、その名は呪いの烙印に等しい。
そんな思考に沈んでいた時、背後から声がした。
「リース、手伝おうか?」
低い声に振り向けば、ロベルトが立っていた。
黒髪の青年騎士。強面なのに気づけばいつも周囲を気遣ってくれる、不思議な人。
「いえ、これは私の……」
「無理するな。君が倒れたら、困るのは俺たちなんだから」
その自然な言葉に、胸の奥が温かく揺れる。
けれど同時に、ひやりとした恐れも忍び込む。――もし正体が知られたら、彼はどんな顔をするだろう。
結局、二人で机に向かい、書類を仕分けた。
リースが指示を出し、ロベルトが転記する。思いのほか息が合い、仕事はどんどん片づいていく。
やがて窓の外は群青に染まり、蝋燭の灯が揺れていた。
「ふぅ……終わったね」
リースが肩の力を抜くと、隣のロベルトが静かに彼女の名を呼んだ。
「リース」
「はい?」
顔を向けた瞬間、近すぎる距離に心臓が跳ねた。
彼の瞳が真っ直ぐに自分を映している。
「君って、すごいな。辛いはずなのに、必死に頑張ってる。……俺は、そういう君が好きだ」
その言葉に胸が締めつけられる。
好き――彼がそう言ってくれた。
でも、答えたいのに、答えられない。
「……ロベルト、私……今は、返事ができないの」
絞り出すように言うと、ロベルトが驚いた顔をした。
「どうして? 俺は立場なんて気にしない。今の君が好きなんだ」
その優しさが、かえって苦しい。
――立場を気にしないなんて言ってくれても、真実を知れば必ず変わる。
父は国家反逆罪で処刑された。ギリーラ王国の名門、公爵家グラスゴーは取りつぶされ、一族は散り散りになった。
なぜ父が罪に問われたのか、リースにはいまだにはっきりわからない。
無実を訴える声もあったが、真相は闇の中。
もし自分が彼に受け入れられてしまえば――ロベルトまでその濁流に巻き込んでしまう。
「……私のことを好きと言ってくれて嬉しいわ。でも……待って。今はまだ、答えを出せないの」
瞳を伏せ、必死に言葉を選んだ。
「どうしても、やらなければならないことがあるの。私の運命が決まると言っても間違いないわ……。だから、それがわかるまではね。ロベルトを巻き込むかもしれないの」
沈黙が流れる。ロベルトはしばらく彼女を見つめ、それから小さくうなずいた。
「……わかった。君が答えを出せる日まで、俺は待つ」
その言葉に胸が熱くなる。
泣きそうなほど嬉しいのに、同時に怖かった。
彼が真実を知ったとき、自分を拒むかもしれない未来が。
それでも――今はこの優しさを信じたい。
「ありがとう……ロベルト」
夜風が窓から入り、蝋燭の炎を揺らした。
リースはまだ嘘を抱えたまま。
けれど、隣にいる彼の存在が、孤独で冷え切った心を少しずつ溶かしていった。




