閑話4 レスター編 リースを愛妾という名誉で喜ばせよう
伯爵の返書を受けて ― 愛妾という名誉?
春の陽気が学院を包み込み、寮の窓からは桜の花びらが舞い込んできていた。
レスター=ブラッドフォードは机に広げた手紙を何度も読み返していた。
銀色の髪が春の光を受けて淡く光る。
父からの手紙。そこには冷徹な現実が記されていた。
リース=グラスゴーはもはや公爵令嬢ではない。
伯爵家の正妻にはふさわしくない。
どうしても気になるなら、側室か愛妾にすればよい。
最初は胸がざわついた。
けれど何度も読み返すうちに、レスターの中で妙な理屈が芽生え始めた。
(……平民に落ちたリースにとって、伯爵家との繋がりはむしろ名誉なのではないか?)
彼女は今、騎士団の寮で働いているという。
下働きの娘として雑務に追われる生活。
華やかな舞踏会で微笑んでいたあの姿とは、きっと別人のように見えるだろう。
(そんな境遇にいるくらいなら、俺のもとで愛妾として暮らす方が、よほど幸せではないか?)
自分の考えに、どこか酔うような感覚さえあった。
伯爵家の後継ぎの愛妾――それは多くの平民女性にとっては夢のような立場だ。
リースだって、失った名誉を少しでも取り戻せるはず。
「……そうだ、俺が救ってやればいいんだ」
口にした瞬間、心が軽くなる。
彼女にとっても、そして自分にとっても悪くない話だと本気で思えてきた。
◆
翌日。
レスターは中庭でクローリー=ジリンガムと顔を合わせた。
ピンク色の髪をきらびやかに結い上げた彼女は、春の光の中でもひときわ目立っていた。
「レスター、昨日の手紙……読んだわね?」
クローリーは瞳を輝かせて問いかける。
「ああ。父上は……お前との婚約を支持している」
「当たり前でしょ。ブラッドフォード家とジリンガム家の結びつきは、学院でも一目置かれるんだから」
彼女は得意げに笑った。
だが、レスターは心の奥に別の考えを抱え込んでいた。
「でも……リースのことを、完全に切り捨てるのは惜しいと思うんだ」
「……は?」
クローリーの笑顔が一瞬にして消えた。
緑の目を見開き、レスターを睨みつける。
「まさか……まだあの女のことを考えてるの?」
「考えてるというより……俺が助けてやれる立場なんだ。平民に落ちた彼女にとって、伯爵家の庇護は必要だろう」
「……助ける? 愛妾として囲うってこと?」
「そうだ。俺の父上もそう仰っていた。正妻はお前だ。でも、リースを愛妾にすれば、彼女にとっても名誉になる」
レスターは自信ありげに言った。
だがクローリーの顔は嫉妬で赤く染まり、唇を噛みしめている。
「……あなた、正気? あの女を囲うなんて、私の婚約者として許さない!」
「クローリー、落ち着け。お前は正妻なんだ。立場は揺るがない。だが、愛妾を持つことは貴族の常識だ」
「っ……!」
クローリーは言葉を失い、その場から駆け去ってしまった。
レスターはひとり桜の下に残され、風に吹かれながら深く息をついた。
◆
その夜。
レスターは机に向かい、新しい手紙を書き始めていた。
「リース……」
羊皮紙にペン先を走らせながら、彼女の姿を思い浮かべる。
春の光の中で、騎士団員たちに笑顔を向けていたリース。
学院にいたときよりも生き生きとして、美しかった。
(あの笑顔を、俺だけのものにしたい。俺の庇護下に置きたい……)
ペン先が紙を擦る音が静かに響く。
書き連ねた言葉は、彼なりの誠意のつもりだった。
――君を再び守りたい。
――正妻にはできないが、愛妾として迎えたい。
――それは君にとっても名誉であり、安定した未来を約束する。
最後に署名を書き、封をしたとき、レスターは満足げに微笑んでいた。
(これでいい。リースもきっとわかってくれる。俺が彼女の唯一の道なのだから)
窓の外では、夜風に揺れる桜が淡く光っていた。
レスターは自分の決意を疑わなかった。
だがその考えが、リースの心を深く傷つけることになるとは、まだ知る由もなかった。




