第39話 リースを追跡する者
影の尾行者たち ― 嫉妬と執念
春の並木道。
メアリーとリースが再会し、桜の下で語り合っていたその時間を、少し離れた場所からじっと見つめている二人の影があった。
銀色の髪に緑の瞳――レスター=ブラッドフォード。
そしてピンク色の髪をなびかせ、妖しく笑みを浮かべる少女――クローリー=ジリンガム。
「ふふっ……あれがリース? 本当に、まだ生きてたんだ」
「……まさか、こんなところで会えるとはな」
レスターの声は低く冷たい。
かつて婚約者だった少女を見つめる瞳には、懐かしさよりも苛立ちの色が濃く映っていた。
「やっぱり許せないわね。学院から放り出されたくせに、まだこんなふうに笑ってるなんて」
クローリーは唇を尖らせると、レスターの腕に絡みついた。
「わたしがここまでしてあげてるのに、未だにあの女に未練があるんじゃないでしょうね?」
「バカを言うな。あんな落ちぶれた女に未練などない」
レスターは苛立ったように吐き捨てるが、その眼差しはリースから離れない。
「ただ……どこに住んでいるのか気になるだけだ。学院を追放された身で、どうやって暮らしているのか……な」
「ふぅん。それなら、追いかけて確かめましょうよ。どうせ、ただの下働きに落ちぶれてるんでしょうけど」
クローリーの瞳が意地悪く光る。
レスターは黙ってうなずいた。
やがて夕暮れが近づき、メアリーとリースは名残惜しそうに別れた。
メアリーが学院へ戻る背中を確認すると、二人は静かに動き出した。
「今よ。行きましょう、レスター」
「ああ……絶対に逃がすなよ」
桜の花びらを踏みしめながら、二人はリースの背中を追った。
リースは騎士団の寮へと帰っていく道を歩いていた。
淡い金色の髪が夕陽に照らされ、背筋を伸ばして歩く姿は、追放された身とは思えないほど凛としている。
「……生意気な」
クローリーが小声で吐き捨てる。
「落ちぶれたくせに、どうしてあんなに堂々としてるのかしら」
レスターの眉間には深い皺が刻まれていた。
「……あいつは昔からそうだ。どんな状況でも負けた顔を見せない。それが鼻につくんだ」
「でも、もう私たちが勝者よ。レスターの婚約者は、この私なんだから」
クローリーはわざとらしく彼の腕にしがみつく。
レスターは不機嫌そうに目をそらしたが、その緑の瞳には未だリースの姿が映っていた。
リースが大通りを抜け、小道へ入ったところで、二人は距離を縮めた。
周囲には人影も少なく、寮へと続く道は静まり返っている。
「ここなら、誰にも見られないわね」
クローリーの口元に、にやりと意地悪な笑みが浮かんだ。
「リース=グラスゴー!」
突然呼びかける声に、リースが足を止めて振り返った。
その蒼い瞳が、二人を認めてわずかに見開かれる。
「……レスター……それに、クローリー」
その落ち着いた声に、逆に二人の胸がざわついた。
恐れも動揺も見せない。リースはまっすぐに二人を見つめている。
「まだ王都にいたのね。てっきりどこか遠くへ逃げたのかと思っていたわ」
クローリーがあざけるように言う。
「騎士団の下働きなんて、みじめね。元婚約者に見られて、どんな気分?」
リースは少しも顔を崩さなかった。
「別に……どうということはないわ。あなたたちにどう思われても、今の私には関係ない」
「なっ……!」
クローリーの顔が一気に赤くなる。
「偉そうに! 放火犯に仕立て上げられて、追放されたくせに!」
「冤罪だったわ」
リースの声は静かだが、はっきりとした強さを持っていた。
「真実は、いつか必ず明らかになる」
その言葉に、レスターの顔が引きつった。
「……ほざけ。お前はもう過去の人間だ。学院から消えた女に未来などない」
「そうかしら?」
リースは一歩前に出て、夕暮れの光を背に浴びた。
「私はもう、あなたたちに縛られていない。騎士団で、ちゃんと居場所を見つけたの」
「っ……!」
レスターの拳が震える。彼の心の奥に、悔しさと嫉妬が入り混じる。
「レスター、落ち着いて!」
クローリーが慌てて腕を取る。
「いいのよ、こんな女、そのうち居場所なんてすぐなくなるわ。わざわざ自分で潰してあげればいいんだから」
二人のやり取りを前に、リースはただ静かに告げた。
「――もう、私に構わないで」
そして背を向け、寮へと歩き出す。
残された二人は、桜の花びらが散る道で立ち尽くしていた。
クローリーは怒りに唇を噛みしめ、レスターは複雑な表情でリースの背中を見送っていた。
「……あいつ、許せない」
クローリーの瞳に黒い炎が宿る。
「絶対に、もっとひどい目に遭わせてやる」
「……ふん、好きにしろ」
レスターはそう吐き捨てたが、その目には消せない動揺が残っていた。
夕闇が迫り、二人の影は長く伸びていく。
リースを巡る暗い思惑は、まだ終わることなく渦巻いていた。




