閑話1 メアリー編 父からの手紙の返事
メアリー編 父からの手紙の返事
あの夜のことを思い返すたびに、胸が締め付けられる。
炎に包まれた小屋、すすけた空、リースの震える肩。
あの瞬間から、わたしの時間は止まったままだったのかもしれない。けれど、立ち止まるわけにはいかなかった。彼女を救うために、何かをしなければ。だから、震える手で両親に手紙を書いた。子どもじみているかもしれない。でも、大人を動かせるのは大人だけだ。学院長に抗うには、わたしの力なんて足りないのだ。
便箋を託してから数日、指折り数えて返事を待った。雪の舞う窓の外を見つめながら、郵便係の足音が聞こえるたびに心臓が跳ねた。やがて本当に封筒が届いたとき、胸の奥で小さな炎が灯るように思えた。両親なら、必ず動いてくれる――そう信じて、震える手で封を切った。
だが、その手紙を読み進めるうちに、わたしは血の気が引いていった。父の筆跡は力強く、しかしそこに綴られていた内容はあまりに残酷だったのだ。
『学院の周辺を調査したところ、あの夜と時を同じくして、一人の若い女性が川に身を投げた事件があった。身元は不明。だが、目撃した者の話によれば、金色の髪をしていたという』
紙の上の文字がにじんで見えなくなる。息が詰まり、心臓が痛いほど打ちつけた。金色の髪――そんな偶然があるだろうか。わたしの脳裏に浮かぶのは、泣きながら門を出て行ったリースの背中。寒風の中、あの子はひとりきりだったのだ。誰も支えてやれなかった。だから……だから――。
「いやっ……!」
声にならない叫びが喉を引き裂いた。手紙を抱きしめたまま、涙が止めどなく溢れる。リースが死んだ? あの優しい笑顔を二度と見られない? 信じられない。信じたくない。けれど、目の前の文字は確かにそう告げている。
わたしは机に突っ伏した。肩が震え、涙で便箋が濡れていく。頭の中で何度も同じ言葉が響いた。「まさか、リースが……」と。思えば思うほど、胸が裂けそうに痛む。
だが、不意に心の奥で別の声が囁いた。――身元は不明。そうだ、まだ決まったわけじゃない。あの子だと断定されたわけではないのだ。金色の髪の娘なんて、この広い国に他にもいるかもしれない。偶然が重なっただけかもしれない。リースが、そんなにもろく諦める子であるはずがない。
わたしは顔を上げた。涙で霞んだ視界の向こうに、彼女の笑顔が浮かんだ気がした。几帳面に帳簿をまとめ、誰よりも丁寧に箒を動かしていたあの姿。あれほど人のために働く子が、自分で命を絶つなんて――あり得ない。あり得るはずがない。
「……生きてる。リースは絶対に生きてる」
声に出した瞬間、胸の奥に一本の芯が通ったようだった。涙はまだ乾かない。けれど、絶望に沈み込む代わりに、わたしは決意を強めることができた。
父の言葉は重い。だが、それに押し潰されるわけにはいかない。学院が冷たく突き放すなら、わたしが何度でも探す。署名を集め、教師たちに訴え、外の力を借りる。リースが帰る場所を作るために、できることをすべてする。
わたしは再び便箋を取り出した。震える手で、誓いの言葉を綴る。『絶対にあきらめない。リース、あなたは生きている。必ず見つけ出す』。
書き終えると、冷たい冬の夜風が窓から吹き込んできた。その冷たささえも、決意を固めるように感じられた。どんなに理不尽な壁があろうとも、あの子をひとりにしない。春は必ず来る。だから、わたしは走り続ける。
たとえ世界中が彼女を見放したとしても――わたしだけは、リースを信じている。




