第5話 リースを救おうとするメアリーの奮闘
リースを救おうとするメアリーの奮闘
リース=グラスゴーが学院長に呼び出されてから数日が経った。
父が処刑され、公爵家は取り潰し。学院からは「学徒としての資格を失った」と告げられた――それが表向きの理由だ。だが実際には、彼女に「勉学は不要、掃除や雑務をして暮らせ」という屈辱的な選択肢しか残されていなかった。
雪が残る石畳を歩きながら、メアリーは唇を噛んだ。
あのとき学院長室に呼ばれたリースの青ざめた顔が、何度も頭に蘇る。金色の髪は光を失い、蒼い瞳は絶望に濡れていた。
――そんなの、許せるはずがない。
メアリー=カーライルは男爵家の娘で、リースの同級生。華やかな家柄ではなかったが、明るさと行動力で友人に恵まれていた。特にリースとは入学当初からの親友で、互いに秘密を打ち明けられる唯一の存在でもあった。
だからこそ、彼女を救うのは自分の役目だと信じて疑わなかった。
「どうかしましたか、メアリー嬢」
寮の食堂で心配そうに声をかけてきたのは、同級生のパトリックだ。
メアリーは手元のスープをほとんど口にせず、焦げつくほど視線を落としていたのだ。
「……リースのことよ」
「グラスゴー嬢の? 彼女、もう授業には出られないそうじゃないか」
「だからって、あんなの不当よ! 罪を犯したのは彼女じゃない。どうして本人まで罰を受けなきゃいけないの?」
声を荒げると、食堂の数人が振り返った。けれどメアリーは気にしなかった。
胸に広がる怒りと悔しさは、抑えようとしても抑えられなかった。
「わたし、動いてみるわ」
「動くって……まさか学院長に直談判でも?」
「ええ。学院長に、そして教師たちにも。リースがここにいる資格はあるって、はっきり言ってやる」
パトリックは呆れ顔を浮かべたが、同時に羨望の色も宿していた。
誰もが心のどこかで「仕方がない」と諦めている中、真正面から抗おうとする勇気を持つのは、メアリーだけだった。
次の日、メアリーは学院長室の扉を叩いた。
「失礼いたします」
威圧的な書棚と重厚な机に囲まれた部屋。そこに座る学院長は、氷のような視線を少女に向けた。
「カーライル嬢か。何の用だ」
「グラスゴー嬢の処遇について、お話しに参りました」
きっぱりと言い切ると、学院長の眉がぴくりと動いた。
「……あの者のことは決定済みだ。君が口を挟む筋合いはない」
「決定済み? 冗談じゃありません! 彼女は立派な成績を残してきましたし、学院の規則を破ったこともない。罪に問われる理由はないはずです!」
感情を押し殺し、論理的に訴えようとしたが、声は自然と熱を帯びていた。
学院長はため息をつき、冷酷な言葉を返す。
「親の罪は子にも及ぶ。貴族の責務とはそういうものだ」
「ならば、彼女は一生罪人として生きろと? 掃除婦として、陰で囁かれながら?」
「それもまた定めだ。学院にとっては厄介者を囲っておくのも慈悲にあたる」
慈悲――その言葉にメアリーは拳を握りしめた。
慈悲だと? 彼女の尊厳を踏みにじり、夢を奪い去ることが?
「……わたしは、納得しません」
「何?」
「リースは必ず戻します。どんな方法を使ってでも」
言い捨てて、メアリーは深々と一礼し、部屋を後にした。背中に刺さる視線が、彼女をさらに奮い立たせた。
学院長への直談判は失敗に終わった。だが、メアリーは諦めなかった。
彼女は図書館に籠もり、学院の規則や王国の法を片っ端から調べ始めた。
夜遅く、ランプの下でページをめくる。古びた羊皮紙に、こんな条文を見つけた。
――「子の学徒資格は、本人の罪によらずして奪われるべからず」
思わず目を見開いた。
「これよ……! リースを救う手立ては、まだ残されてる!」
問題は、この条文が長く使われていない古いものだということ。だが、確かに「親の罪が子に及ばない」と明記されている。
つまり、この条文を根拠にすれば、学院長の決定は無効にできるかもしれないのだ。
メアリーは次々と仲間を集め始めた。
「お願い、協力して! リースを救うには、わたしたちが声を上げるしかないの」
友人の女子生徒たち、剣術科の騎士候補生、さらには同じ寮の後輩たちまで。彼女の必死の訴えに、多くの者が心を動かされた。
最初は「危険すぎる」と尻込みしていた者も、メアリーの真剣な瞳に打たれて頷いた。
廊下を走り、教室を巡り、昼休みには署名を集める。
「リースの復学を求める嘆願書」――あっという間に数十人の名が連なった。
「これだけ集まれば、学院も無視できないはずよ」
息を切らしながら、メアリーは手元の紙束を抱きしめた。
その夜、彼女はリースのいる下働き用の部屋を訪れた。
粗末な藁布団に身を横たえる親友の姿を見て、胸が締めつけられる。
「リース……」
「メアリー?」
驚いたように顔を上げるリースの瞳は、疲れと絶望で曇っていた。
メアリーはそっと彼女の手を握り、笑みを作る。
「大丈夫。あなたを必ず助けるわ。もう、泣かなくていい」
「でも……父のことは事実よ。わたしは……罪人の娘」
「違う! あなたはリース=グラスゴー。わたしの、大切な友達よ!」
その言葉に、リースの目に涙が滲んだ。
初めて、彼女は声をあげて泣いた。堰を切ったように、肩を震わせて。
メアリーはその背を抱きしめながら、心に誓った。
――絶対に、この手を離さない。どんな壁が立ちはだかっても。
翌日、嘆願書を抱えたメアリーは教師会議に乗り込んだ。
集まった教師たちは一様に驚き、ざわめきが広がる。
その中心で、少女は堂々と声を張り上げた。
「これは、学院に通う生徒たちの声です! リース=グラスゴーは無実。彼女を勉学の場に戻すべきだと、わたしたちは訴えます!」
紙束を掲げる手は震えていた。けれど、その瞳には確固たる意志が宿っていた。
教師たちは顔を見合わせ、沈黙が落ちた。
その沈黙が、やがて嵐へと変わる――メアリーは直感していた。
ここからが本当の戦いだ、と。




