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冤罪で家が滅んだ公爵令嬢リースは婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!  作者: 山田 バルス


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第35話 銀髪の副団長と芽吹く想い

銀髪の副団長と芽吹く想い


 温泉旅行から戻ってきたあと、城下の空気はすっかり春めいていた。

 澄んだ空気に舞う枯れ葉が、どこか切ない色合いを見せている。


 わたしは城の事務所で帳簿を整理しながら、ちらりと隅に視線をやった。そこには、槍を手にしたロベルトの姿がある。稽古帰りなのだろう、汗を拭きながらも、どこか考え込むように眉をひそめていた。


「……ロベルト?」


 声をかけると、彼ははっとして顔を上げた。

「あ、ああ……リースか。いや、なんでもない」


 その返事は少しぎこちなく、普段の軽快さがなかった。

 温泉での出来事を境に、彼の様子がどこか違う。

 無理に笑ってごまかそうとするけれど、その背中に影が差しているように感じられた。


(どうしたんだろう……)


 胸の奥に小さな不安が芽生えた。


 そんな折、事務所の扉が再びノックされる。

 低く落ち着いた声が響いた。


「リース嬢、少し手を借りたい」


 銀髪をきっちり束ねたシュワーラ副団長だった。

 彼は淡々とした口調で、近くの訓練場までの書類運搬を頼んでくる。わたしは頷いて書類を抱え、並んで歩き出した。


 冷たい風が吹き抜ける石畳の廊下。

 無言の時間が続いたあと、彼がぽつりと口を開いた。


「温泉旅行は、楽しかったか」


「え? あ、はい。……みんなでわいわいできて、いい思い出になりました」


 そう答えると、副団長の銀の瞳がわずかに細められた。


「ロベルトの様子は、どうだ」


 その問いに、思わず足を止めてしまう。

 なぜそんなことを気にするのか、意図が読めなかった。


「ちょっと……元気がないような気はしますけど……」


「ふむ。……あいつは鈍感だ。だが――」


 副団長は言葉を切り、わたしを真っ直ぐに見た。

 その眼差しは冷静なのに、どこか強い熱を秘めているように感じられた。


「リース嬢。君は、よく笑うな。その素直さは、誰にでも与えられるものではない」


「……っ」


 不意にかけられた言葉に、心臓が跳ねる。

 副団長の口調は相変わらず淡々としているのに、そこに含まれる温度は、なぜか胸をざわつかせた。


 数日後の昼下がり。

 食堂で一人ランチをとっていたときのこと。


「ここ、空いてるか?」


 トレイを手にしたロベルトがやってきた。

 にこりと笑ったその顔は、少しぎこちなさが残る。

 けれど隣に腰を下ろすと、以前のように冗談を交えて話しかけてくれた。


「ここのシチュー、ちょっと味が濃いな。リースの手料理の方が絶対うまい」


「またそんな……わたしの料理なんて、家庭的なものばかりですよ」


「それがいいんだろ。派手なもんより、毎日食べたくなる」


 何気なく言われた一言に、頬が熱くなる。彼がそんなふうに褒めてくれるのは珍しい。けれど次の瞬間、ふとした影がその瞳に差した。


「……でも俺、なんだろうな。最近ちょっと、自分が自分じゃないみたいで」


 そうつぶやく彼を見て、胸が締めつけられる。


(ロベルト……やっぱり何かあるんだ)


 けれど問い詰める勇気が出せない。

 ただ横に座っている時間が、いつもより大切に思えた。


 その夜。帰り道を歩いていると、背後から声がかかった。


「リース嬢」


 振り向けば、月明かりに銀の髪が輝く。

 シュワーラ副団長だった。


「遅くまで働いていたのか。護衛が必要なら、俺が送ろう」


「えっ……そ、そんな、副団長に送っていただくなんて」


「功労者に対する配慮だ」


 有無を言わせぬ口調に、結局頷いてしまった。

 並んで歩く帰り道。彼は静かに言った。


「ロベルトは……大切な仲間だ。だが、俺は俺の気持ちを偽らない」


「……え?」


 不意に踏み込まれた言葉に、足が止まる。


「君と過ごす時間は、俺にとって心地よい。もっと知りたいと思う」


 銀の瞳が夜の闇に映えて、真剣な光を放っていた。


 胸の奥で、何かが大きく揺れる。

 けれど言葉が出ないまま、ただ立ち尽くしてしまった。


 一方その頃。

 ロベルトは自室の窓辺に立ち、冷たい夜風を浴びていた。


(リースの笑顔を見てると……苦しい)


 胸の奥に渦巻く感情が、ようやく恋なのだと気づき始めていた。

 彼女の笑顔に心が震える。声を聞くたびに、もっとそばにいたいと思う。


 だが同時に、銀髪の副団長がリースを気にかける様子が、頭から離れない。


「……俺、どうしたらいいんだ」


 初めての感情に戸惑いながらも、彼は強く拳を握りしめた。

 揺れる想いが、三人の関係を少しずつ変えていく。

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