閑話3 アーセナル編 アーセナルの暴走
騎士団直談判 ― アーセナルの暴走
ポーツマス学院の食堂が崩壊してから三日。学生たちの不満は日に日に膨れ上がり、教師たちの顔からも余裕が消えていた。
夕食時には再び大騒ぎになり、アーセナルは頭を抱えながら廊下を歩いていた。
「くっ……このままでは学院が本当に潰れてしまう。いったい誰のせいだ? 全部キャンベルとアトラスがいなくなったせいだ!」
そのとき、側にいた老教師のひとりが口を開いた。
「院長。どうやら二人は――騎士団の寮で働いているようですぞ」
「な、なんだと! 騎士団だと!?」
アーセナルはぎょろりと目を剥いた。希望の光が胸に差し込んだ瞬間だった。
「よし、わかった! ならば直談判だ! 学院のために、何としてでも連れ戻してやる!」
彼はすぐさま馬車を用意させ、騎士団本部へと向かった。
夕日が落ち始めた薄暗い街路を、アーセナルの馬車はごうごうと走り抜けていく。
騎士団寮。夕暮れの空の下、石造りの門が威風堂々とそびえ立っていた。
門番に言い寄って門前にで居座るアーセナルは、アトラスとキャンベルの呼び出しを願い出た。
しかし、それを断られると、騎士団の建物に向けて大声で呼ばわった。
「アトラス! キャンベル! いるのであろう! 学院に戻れ! 戻らねば学生たちが飢えてしまうのだ!」
その声に応じて現れたのは、事務仕事中のアトラスだった。手には書類を携え、どうやら仕事の途中のようであるらしい。
「……院長。あんたのために戻る気はない」
アトラスは低い声で言い切った。その瞳には、迷いも後悔もなかった。
「な、何だと!? お前、学院を見捨てるつもりか!」
「俺たちは見捨てたのはあんただろう。俺は今、騎士団のために働いている。それに――もうあの学院には戻りたくない。あんたの下じゃな」
そこへ現れたのはキャンベルだった。年季の入ったコック服を身にまとい、食材を片手に作業をしながら立つ姿はまさに忙しい最中である。
「私も同じだ、院長。あんたのやり方にはもううんざりだ。口ばかりで現場を見ない。人をこき使い、感謝の言葉ひとつない。そんな場所に戻るつもりは毛頭ない」
アーセナルは顔を真っ赤にし、唾を飛ばしながら叫んだ。
「ば、馬鹿を言うな! 学院の名誉ある食堂を支えていたのはお前たちだぞ! 今さら逃げられてたまるか!」
そのときだった。
廊下の向こうから、金髪を揺らして歩いてくる少女がいた。リース=グラスゴー。静かな瞳でこちらを見つめていた。
「……お前か」
アーセナルの顔に醜悪な笑みが浮かぶ。
「お前の仕業だな! この悪魔め! 学院の人材を引き抜き、混乱を招いたのはお前だろう!」
広間の空気がぴたりと凍りつく。その場に居合わせたロベルトは、たまらず一歩前に出た。
「やめろ! リースにそんなことを言うな!」
彼の声は鋭かった。だがアーセナルは鼻で笑う。
「ほう? 下民風情がわたしに意見するか。高貴なるポーツマス学院の院長であるこの私に、口答えとはな。生意気にもほどがある!」
「下民……だと?」
ロベルトの拳が震える。
アーセナルは高笑いを響かせた。
「高貴なるわたしに命令できるのは、この国では国王陛下ぐらいだ! あははははは!」
その笑い声に、広間の騎士たちの眉がぴくりと動く。
ロベルトは素早くリースの前に立ってかばった。口元を緩めてにやりとする。
「院長……じゃあ国王陛下ならいいんだな……」
ロベルトが続きを言おうとしたその時、
「いい加減にしないか!」
緊張が高まる中、重い足音が響いた。
奥から駆け付けてきたのは、赤髪の男。後ろで無造作に結ばれた髪、鋭い眼光、そして圧倒的な威圧感。
「アレックス=ローレンス……!」
騎士団長その人だった。三十六歳にして、レスター騎士団を率いる男。
彼はアーセナル前に行くと、低く響く声で言い放った。
「アーセナル院長。うちのスタッフを愚弄するのはやめてもらおうか」
その言葉には一切の感情が混ざっていない。だが逆にそれが、鋼のような重みを持って広間を支配した。
「ひっ……」
アーセナルは一瞬たじろいだ。だがすぐに顔をしかめ、負け惜しみのように叫んだ。
「き、貴様ら……覚えていろよ!」
そう捨て台詞を吐くと、彼はくるりと踵を返し、門前から足早に去っていった。
残された門前の広間には、重苦しい沈黙と、リースを守るように立つロベルトの背中、そして厳しい視線を向け続けるアレックスの姿があった。




