閑話2 アーセナル編 学院食堂の崩壊
学院食堂の崩壊とアーセナルの悲鳴
夕暮れ時の学生寮は、普段なら温かなスープの匂いや焼き立てのパンの香りが漂い、腹を空かせた生徒たちが自然と食堂へと集まってくる――はずだった。
だが、その夜は違った。食堂に並んだ長机には、皿ひとつ置かれていない。鍋も、パンかごも、まるでからっぽの倉庫のようにがらんどうで、生徒たちの視線は次第に険しくなっていった。
「……おい、今日の夕飯はどうなってるんだ?」
「腹減ったよ! 授業で走り回って疲れてんのに!」
「まさかの、飯抜き……?」
不満の声はざわめきから怒号へと変わっていく。生徒たちの苛立ちが、食堂の天井を押し上げるように広がっていった。
中心で腕を組んで唸っていたのは、学院の運営を一手に担うアーセナルである。普段は豪快な笑みを絶やさない彼だが、今夜ばかりは額に脂汗を浮かべ、両手を震わせていた。
「くっ……これも全部、あのキャンベルが急に辞めたせいだ!」
キャンベル。学院食堂の頭脳にして胃袋を支える存在だった。材料の仕入れから献立の工夫、学生の栄養管理まで一手に担い、料理の腕も超一流。彼がいなくなった後、どうにかその穴を埋めてきたのが、若手のアトラスだった。
だが、アトラスも限界に追い込まれ、とうとう学院を去ったばかり。二人の離脱は、学院の食堂機能そのものを崩壊させたのだ。
「ご飯がないってどういうことだよ! 俺たちは勉強するために来てんだぞ!」
「腹が減っては勉強も剣の稽古もできやしない!」
生徒たちの怒声は一層大きくなる。中には椅子を蹴り飛ばす者も出てきて、雰囲気は完全に修羅場と化していた。
アーセナルは両腕をぶんぶんと振り回し、声を張り上げる。
「ま、待て! 今手を打っている! とにかく落ち着け、諸君!」
だが「今手を打っている」という言葉の裏にある実情は、かなり情けないものだった。彼は下働きの者たちに命じ、近所のパン屋に駆け込ませ、棚にあるパンを根こそぎ買い占めさせていた。同時に、商人街の食堂へ走らせ、出来合いのシチューや肉料理を鍋ごと運ばせる――そんな荒業で、どうにか今夜を凌ごうとしていたのだ。
「……あのな、これがどれだけ金がかかるか、君たち分かっているのか?」
パン屋に山積みされたフランスパンや丸パン、食堂から運ばれたチキンローストの皿を見ながら、アーセナルは顔を青ざめさせる。
たしかに量は足りるかもしれない。しかし、卸値でもない市価で買ったため、予算は軽く吹き飛ぶ。しかも毎晩こんな真似をしていては、赤字どころか学院そのものが傾いてしまうのは目に見えていた。
「う、うぐぐぐ……こ、これでは完全に大赤字だ!」
呻くような声が食堂に響く。まるで自分の内臓をひとつひとつ削り取られていくような痛み。彼の頭の中では、計算の珠がカタカタと落ちる音がしていた。
(どうする? どうすればいい……? 食堂が崩壊すれば、学生が減り、寄付金も減り、学院は終わる……!)
額を押さえ、机に突っ伏すアーセナル。その背を見て、数名の教員たちが寄ってきた。
「アーセナル殿、このままでは……」
「代役を立てるしかないのでは?」
「代役……? だ、誰がやるんだ。キャンベルほどの料理人なんて、そう簡単に見つかるか!」
教員たちも黙り込む。学生たちは苛立ちを募らせ、パンをむしり取りながら文句を言い続けている。パンくずが床に散らばり、食堂は混乱そのものだった。
その光景を前に、アーセナルは胸の内で悲鳴を上げる。
「ど、どうしたらいいのだ……! このままでは学院が潰れてしまう……!」
その声は誰にも届かない。届いたとしても、解決策は何一つ示されない。
しかし、絶望の闇の中にこそ、かすかな光が差すものだ。――この時まだ、アーセナルも、学生も知らなかった。
やがて現れる“新しい手”が、学院食堂を立て直す希望になることを……。




