閑話5 エリオット編 リース=グラスゴーの交換条件
令嬢の告白 ― その髪色
冬の曇天に包まれた領内の館。その広間に差し込む光は弱く、薪が燃える暖炉の炎が唯一の温もりを与えていた。
黒衣の調査員三名は、静かに足を進めてくる。緊張に張り詰めた空気を纏いながら、彼らは一人の少女の前で膝を折った。
――リース=グラスゴー。
表向きは公爵家の娘として振る舞っている少女。
少女は優雅に椅子に腰掛け、蒼い瞳を細めて調査員を見据える。
「……それで? あなた方は一体何者?」
先頭の男が深々と頭を下げる。
「我らはダイエー王国国王陛下、アリフレッド=ダイエー様の命を受け、この地に派遣された者にございます。陛下は亡きマリアンヌ様――あなた様の母君を誰よりも愛されておりました。その遺された娘君の安否を、案じておられるのです」
言葉に、少女の胸が強く脈打った。
――マリアンヌ。
確かにこの名は、リース=グラスゴーの母である。ダイエー王国国王の最愛の妹だった。
リースは唇にわずかな笑みを浮かべ、挑むように問い返す。
「では……あなた方は、私をどうするおつもり?」
「陛下のもとへと、ダイエー王国へお連れする。それが我らの使命です」
広間に沈黙が落ちた。薪がぱちりと音を立て、少女はゆっくりと立ち上がる。
しなやかに手を伸ばし、頭に被さる金色のウィッグへ指をかけた。
――す、と外す。
さらりと流れ落ちたのは、金ではない。炎のようでも薔薇のようでもなく、明らかに異質な色――淡いピンク色の髪であった。
調査員たちの目が見開かれる。
「……これは……!」
少女は小さく笑った。
「ええ、そうです。わたしは本物のリース様ではありません。影武者なのです」
その告白は衝撃的でありながら、同時に彼女自身の重荷を解き放つかのようでもあった。
「では――本物のリース様はどこに?」
先頭の男が低い声で問う。
ピンク髪の少女は唇に指を当て、妖艶にも似た笑みを浮かべる。
「それを知りたいなら、条件がありますわ。わたしたちを無事にここから逃がしてくれること。その代わり……本物のお嬢様の居場所をお教えしましょう」
調査員たちは互いに視線を交わす。
彼らにとってリース=グラスゴーは、国王陛下の最愛の姪。
その居場所を影武者が知っているのならば、彼女を軽んじることなどできない。
少女はさらに一歩踏み込み、凛とした声を放った。
「そしてもう一つ。わたしをダイエー王国へ連れて行っていただきたいのです」
「なに……?」
「わたしは影武者ですが、このような時のために公爵様から重大な遺言を託されています。
亡き公爵様が最後に残した言葉を、どうしても国王陛下にお伝えしなければなりません。
そのためには、あなた方の護衛が必要なのです」
調査員たちは息をのむ。影武者とはいえ、公爵が何かを託したとなれば、その意味は計り知れない。
「……承知しました」
先頭の男が、静かに頷いた。
「あなた様が影武者であろうとも、公爵様の遺言を軽んじるわけにはいきません。我らは必ずやあなた様をお守りし、ダイエー王国へとお連れいたします」
少女の瞳に、一瞬だけ安堵の色が浮かんだ。
だがその奥底では、なおも複雑な影が揺れていた。
「わたしの名前はアリータです。王国までよろしくお願いしますわ」
――本物のリース様はエイコー王国のポーツマス学院の女子寮にいる。
その事実を告げる日が来るまで、自分はただの仮初めの令嬢。
けれど、必ず公爵様の遺言を伝える役目だけは果たさねばならない。
暖炉の炎が揺らめき、ピンクの髪をきらめかせる。
影武者の少女は、自らの定めを受け入れるように深く息を吐いた。




