閑話3 エリオット編 公爵令嬢リースの行方を追って
調査員たちの渡航 ― 公爵令嬢リースの行方を追って
灰色の雲が空を覆い、冷たい風が野を吹き抜けていく。
四人を乗せた荷馬車は、きしむ音を立てながら、グラスゴー公爵領の村々を抜けて進んでいた。
領地の様子は一目で異常だと分かった。
村の畑は荒れ果て、家々の屋根はところどころ壊れたまま。
人々の顔色も暗く、目が合えばすぐに逸らされる。
まるで監視の目を恐れているようだった。
「……思った以上に荒れてるな」
エリオットが小声でつぶやく。
「兵士たちが税を取り立てすぎているらしい。反抗すれば反逆罪。恐怖で押さえ込んでいる」
ランスが手綱を操りながら答える。
「公爵が処刑された後の空白を、権力者が好き勝手に埋めた……ってところか」
リバプールは腕を組み、険しい視線で道端の兵士を見やった。
村をいくつか過ぎたところで、ランスが荷馬車を停めた。
「ここからは徒歩で動いて情報を収集しよう」
四人は荷を隠し、背に小さな荷袋だけを負って歩き出す。
市場や井戸端など、人が集まる場所を探して耳を澄ませながら。
夕刻、ひときわ寂れた村の酒場に入った。
木の扉は古びて軋み、店内にはわずかな灯りと数人の客しかいない。
彼らは席に腰を下ろし、薄い麦酒を頼んでさりげなく会話を始めた。
「この辺りで大きなお屋敷のことを聞いたことは?」
カレンが、わざと世間話のような調子で隣の農夫に尋ねる。
農夫は一瞬びくりと肩を震わせ、周囲を気にするように目を泳がせた。
「……お嬢さん、そんなことを口にしちゃいけねぇよ」
だが、リバプールが低く穏やかな声で続けた。
「安心しろ。俺たちはただの商人一行だ。人探しをしているだけだ」
農夫はしばらく沈黙したが、やがて小さくつぶやいた。
「……屋敷はもう、兵士に占拠されちまった。公爵様の家臣も追い出されたか、行方が知れねぇ。けど……」
「けど?」
エリオットが身を乗り出す。
「井戸端に集まる女衆に聞いてみな。あんたらみたいな旅人には教えねぇが……今は皆、密かにあのお方の娘さんを案じてる」
それ以上は語らず、農夫は席を立って店を出ていった。
「……完全にタブーだな」
エリオットが眉をひそめる。
「でも、糸口は見えたわ」
カレンが目を細めて頷いた。
翌朝、彼らは村の井戸に向かった。
桶を下ろして水を汲む女たちの姿があり、洗濯物を抱えて談笑している。
ランスが静かに近づき、井戸端の老婆に声をかけた。
「旅の者だ。少し水を分けてもらえませんか」
「……ええ、どうぞ」
老婆は桶を引き上げ、笑顔を見せたが、その目には警戒が滲んでいた。
カレンが前に出て、やや声を落とした。
「すみません。お尋ねしたいのです。――グラスゴー公爵家に仕えていた方をご存じありませんか?」
その場の空気が凍りついた。
女たちは一斉に周囲を見渡し、声を潜める。
老婆は唇をかみしめ、小さく頷いた。
「……あんたたち、ただの商人じゃないね」
「お察しの通りです」
リバプールが真剣な眼差しで応じる。
「我々は、あのお嬢様の行方を探しています。害するつもりはありません」
しばしの沈黙の後、老婆は小さくため息をついた。
「……なら、裏の小屋に今夜来なされ。詳しい話をできる者を呼んでおく」
そう言い残し、女たちは足早に去っていった。
夜。
四人は村外れの小屋へ向かった。
ランタンの灯りがひとつ、窓辺に揺れている。
中には数人の男女が集まり、彼らを待っていた。
「……俺たちは公爵様に仕えていた使用人だ」
その中の一人、痩せた中年の男が名乗った。
「兵士に追われ、散り散りになったが、ここで細々と暮らしている」
「お嬢様は……リース様は生きているのか?」
エリオットが思わず身を乗り出す。
男は目を伏せ、苦しげに言った。
「正確には分からん。ただ、処刑の夜に屋敷を抜け出されたことは確かだ。……侍女の一人が命懸けで逃したのだ」
「侍女?」
カレンが息をのむ。
「名はクララ。彼女が最後までお嬢様に仕え、森の方へ逃がしたと聞いている。その後、クララも行方不明になったが……」
小屋の中に沈黙が落ちる。リバプールは拳を握りしめ、低く言った。
「つまり、リース嬢は生き延びた可能性が高い、ということか」
男は静かに頷いた。
「ただ、兵士どもも血眼で探している。お嬢様を匿うのは命懸けだ。それでも、もし彼女がどこかで生きているなら……必ず、民は支えるだろう」
その言葉に、カレンの胸は熱くなった。
「だったら、わたしたちも探し出す。どんな危険があっても」
小屋にいた人々は一斉に彼らを見つめ、やがて小さな頷きが返ってきた。
「……協力しよう。お嬢様を取り戻すために」
調査員たちはついに、公爵家の使用人たちと繋がりを持った。
わずかな希望の光が、冷たい闇の領地に差し込んだ瞬間だった。




