閑話2 エリオット編 大陸に着いたぞ! 現地調査員と合流だ!
調査員たちの渡航 ― 公爵令嬢リースの行方を追って
大陸の港町に降り立った三人は、人々のざわめきと喧噪の中で立ち止まり、それぞれ外套の襟を深く合わせた。香辛料や海の匂いに混じって、どこか焦げたような鉄の匂いが鼻をかすめる。王都とは違う、異国の空気。
その雑踏の中、ひときわ落ち着いた雰囲気をまとった男が近づいてきた。
「お待ちしていました、リバプール殿」
声をかけたのは、黒髪を後ろで束ねた三十代ほどの男。すらりと背が高く、いかにも鍛えられた体つきで、無駄のない動きから元兵士であることが見て取れた。
「……君が、ランス=ベリンダムか」
リバプールが相手を見定めるように問いかける。
「ええ。こちらの大陸での連絡役を務めています。とりあえずは人目の少ないところへ」
ランスは手短に告げると、三人を広場の喧噪から外れた裏通りへと案内した。石壁の影はひんやりしていて、通りの端には古びた樽や麻袋が積まれている。
「状況はどうだ」
リバプールが問いかけると、ランスは低い声で答えた。
「グラスゴー公爵家の領地は厳しい監視下に置かれています。取り潰しの後、王国軍が常駐し、外部の人間はほとんど入れません」
「やっぱりな……」
リバプールが腕を組む。
「でも、商人としてなら入り込める余地はあるわけね?」
カレンが鋭い視線を向けると、ランスはうなずいた。
「その通りです。物資のやりとりはまだ残っている。私はここで交易商人を装って動いている。あなた方はその一行の護衛、あるいは助手として同行すれば自然でしょう」
そう言ってランスは革袋を取り出し、中から数枚の羊皮紙を見せた。そこには商人ギルドの許可証と見える書類が記されていた。
「偽造したが、かなり精巧なものだ。これなら多少の検問でも通るだろう」
「用意がいいな」
リバプールが感心したようにうなずく。
「念のため、役割をはっきりさせておきましょう」
カレンが日記帳を開きながら口を挟む。
「ランスさんが商人。リバプールさんはその護衛長。エリオットは若い護衛の一人。そして私は……」
「商人の助手だろうな。書類を扱える人間が必要だ」
ランスが即答する。
「異論なし」
リバプールが短く言った。
エリオットは少し口を尖らせる。
「俺はただの護衛か……まあ仕方ないか。もし戦いになったら俺に任せろ」
「その時は頼りにしている」
リバプールが落ち着いた声で言うと、エリオットは照れ隠しのように鼻を鳴らした。
翌朝、四人は市場で荷馬車を調達した。木製の車体に麻袋をいくつも積み込み、香辛料や布を詰めていく。
その様子は、外から見ればごく普通の商隊にしか見えなかった。
「さあ、出発だ。ここから先は芝居を完璧に演じることだな」
ランスが言い、手綱を握る。
石畳を抜けると、街の外には広大な平原が広がっていた。緑の草原の向こうに、どこまでも続く山並みが霞んで見える。馬の蹄が乾いた道を叩く音が、旅の始まりを告げていた。
道中、彼らはときに農民とすれ違い、ときに小さな村に立ち寄った。村の酒場で軽く世間話を交わしながら情報を集めるのは、もっぱらカレンとエリオットの役目だった。
「この辺りでは……やっぱり公爵家の話はタブーみたいだな」
エリオットが夜営の焚き火のそばで報告する。
「みんな口をつぐんで、顔色を変える。やっぱり相当きつく取り締まられてる」
「逆に言えば、それだけ公爵家に同情してる人間が多いってことかもしれない」
カレンは帳簿を閉じながら答える。
「もしリース様が生きているなら、彼女を匿う者がいる可能性も高いわ」
リバプールは焚き火の炎を見つめながら、低くつぶやいた。
「だが匿うこと自体が命がけだ。簡単には尻尾を出さないだろう。……本当に見つけられるのか」
「見つけなきゃダメなんだろ、俺たちは」
エリオットが火を見つめながら言った。
翌日、彼らはついに公爵領の境界に差し掛かった。石造りの関所がそびえ立ち、武装した兵士たちが検問を行っている。
空気は張り詰め、通り過ぎる商人たちも一様に緊張した表情を浮かべていた。
「ここからが山場だ」
ランスが小声で言い、荷馬車を進める。
兵士の一人が鋭い目を向けてきた。
「名前と商売を」
「ランス=ベリンダム。香辛料と布を扱う商人だ」
ランスは自然な口調で答え、許可証を差し出す。
兵士はそれを受け取り、じっと目を通した。沈黙の数秒が、やけに長く感じられる。
リバプールは腰の剣にそっと手を添え、エリオットは息を詰めた。カレンは帳簿を取り出し、さも当たり前のようにめくってみせる。
「……通れ」
兵士が短く言って許可証を返す。
緊張が一気にほどけ、馬車は再び動き出した。
「ふう……」
エリオットが額の汗を拭った。
「今、絶対バレると思った……」
「堂々としていれば案外通れるものさ」
ランスが口元に笑みを浮かべる。
こうして、四人はついにグラスゴー公爵の領地へと足を踏み入れた。
そこは灰色の雲が低く垂れこめ、村々はどこか疲れたように沈んでいる。人々の顔には希望の色がなく、兵士の影が常にあるように思えた。
だが、そのどこかに――あの金髪碧眼の少女、公爵令嬢リースが生きているはずだ。
調査員たちの仮初めの旅は、ついに本番を迎えようとしていた。




