第27話 銀髪の副団長と甘い午後
銀髪の副団長と甘い午後
翌日の昼下がり。
書類整理を終えて、ちょっとひと息ついたところで、事務所の扉がノックされた。
「リース嬢、少し時間をいただけますか」
低く落ち着いた声が響く。顔を上げると、そこに立っていたのは副団長のシュワーラ=エレメントだった。
銀色の髪をきっちり後ろで束ね、冷静な目でこちらを見据えている。二十八歳にして副団長を任される切れ者。その立ち姿からは、鍛えられた騎士としての威厳と、隙のない規律の気配が漂っていた。
「えっ、副団長……?」
思わず背筋が伸びる。普段からきっちりした人だし、わたしのような下働きにわざわざ声をかけるなんて、珍しいことだった。
「昨日、ロベルトとカフェに行ったそうですね」
「……っ!」
なぜその話が副団長の耳にまで届いているのか。わたしは慌てて首を振る。
「あ、あれはただの! 姉弟で甘いものを食べただけなんです!」
必死に弁解すると、シュワーラさんの口元がかすかに動いた。普段は感情を見せない彼が、ほんの少し笑ったように見えた。
「……なるほど。だが、ロベルトがご馳走したと聞いた。君に世話になりながら、我々が何もしないのは不公平だ」
「え?」
「だから今日は、俺が奢ろう。甘いものが好きなのだろう?」
冷静な口調のまま言い切る彼に、わたしはぽかんとした。冗談にも聞こえない。いや、シュワーラ副団長は冗談なんて滅多に言わない人だ。
「そ、そんな……副団長におごっていただくなんて……」
「気にするな。功労者への感謝だ。来なさい」
そう言って踵を返す背中が、あまりに自然で堂々としていたものだから、結局わたしは逆らえずについていくしかなかった。
城下町のカフェは、昼下がりの柔らかな陽射しに包まれていた。木の扉をくぐると、甘い香りとほのかな珈琲の香ばしさが漂ってくる。
「好きなものを頼みなさい」
差し出されたメニューに、思わず目を輝かせてしまう。鮮やかな苺のミルフィーユ、ふんわりチーズケーキ、チョコレートタルト……どれも美味しそうで迷ってしまった。
「えっと……この苺のミルフィーユで」
「では、それに加えてガトーショコラも。飲み物は?」
「あ、紅茶を……」
「俺はブラックコーヒーを」
淡々と注文を済ませる姿は、やっぱり副団長らしい。店員さんにまで凛とした威圧感を与えているように見えた。
ほどなく運ばれてきたケーキを一口食べると、サクサクのパイとカスタードの甘さが口いっぱいに広がった。
「ん……おいしい……」
思わず笑みがこぼれると、目の前の銀の瞳がわずかに和らぐ。
「そうやって素直に喜ぶ姿は、見ていて悪くないな」
「え……?」
冷静な声のまま、でも真剣にそう言われて、胸の奥が熱くなる。
「副団長、そんなこと言われたら……困ります」
「事実を言ったまでだ」
さらりと返されて、ますます心臓が跳ねた。普段の厳格さからは想像もできない言葉。彼の冷静な目が、今はまっすぐわたしに向けられている。
その後は、仕事のことや城下の話題をぽつぽつと語り合った。驚いたのは、シュワーラさんが思った以上に話しやすい人だったことだ。冷静沈着という印象が強かったけど、会話を重ねるうちに、彼の人間らしい一面が見えてきた。
「君は本当によく働いてくれる。事務の連中も感心していたぞ」
「わたしなんて……まだまだです」
「謙遜は美徳だが、誇っていいこともある」
彼の声は低く落ち着いていて、不思議と安心感を与えてくれる。苺の甘さよりも、その言葉が胸に残った。
ケーキを食べ終え、紅茶の最後の一口を飲んだとき、シュワーラさんはカップを置いて静かに言った。
「また、甘いものを食べに来よう。君となら……悪くない」
「……!」
思わず頬が赤くなる。冷静な目をした銀髪の副団長。その言葉に込められた感情を、わたしはまだ確かめる勇気を持てなかった。
けれど胸の奥で、何かがそっと芽吹いたのを感じていた。




