第26話 ロベルト視点 城にて ― ロベルトの正体
城にて ― ロベルトの正体(ロベルト視点)
城へ戻った瞬間、空気がぴりりと張り詰めたのを感じた。
分かっていた。待ち受けている人がいることを。
長い回廊の先で、銀色の髪をきっちり後ろに束ねた男が直立していた。副団長シュワーラ――二十八歳にしてこの地位を任される切れ者。冷たく鋭い視線が、まるで鋼の刃のように俺を射抜いた。
「殿下。お戻りをお待ちしておりました」
低くよく通る声。その一言だけで背筋が自然と伸びてしまう。
俺は内心で舌打ちした。しまった、と思ったのだ。どうやらすべて見抜かれているらしい。
「……シュワーラか。何かあったのか?」
「はい。殿下、本日は街のカフェにお忍びで行かれたとか」
まっすぐに射抜いてくる視線。逃げ場なんてない。
心臓がどきりと跳ねた。
さすが副団長だ。騎士団の人間は皆優秀だが、彼の観察眼は一歩抜きんでている。俺の行動を隠し通すことなんて、最初から無理だったのかもしれない。
「困ります、殿下」
淡々とした声色。けれど、その奥に潜む鋭い警戒心ははっきりと伝わってきた。
「もし悪い噂が流れれば、王族の信用に関わります。ましてや――お相手が女性だとすれば、なおさら」
胸の奥に冷たいものが落ちる。
リースの名が、彼の口から出たわけじゃない。けれど、確かに彼は言いたいのだ。俺が会っていた女性――リースのことを。
「それに……もし彼女が悪意ある者であったら、どうなさるおつもりでしたか?」
その瞬間、俺は頭よりも先に口を動かしていた。
「リースに悪意などあるはずがない!」
反射的に強い声を上げてしまった。
言ってしまってから気づいた。……いや、気づきたくなかったのかもしれない。
俺の即答。俺の必死な声色。
それだけで、すべてを悟られてしまう。
シュワーラの瞳が一瞬揺れた。
彼は短く息をつき、ほんのわずかに目を細める。
「……なるほど。殿下がそこまで仰るということは」
言葉を濁したまま。それでも分かる。
彼は今、心の中で俺を見透かしている。
――ロベルト殿下は、あの娘に心を寄せているのではないか?
図星だった。
だが否定はしなかった。できなかった。
俺は思い出す。
かつて、婚約解消で心を打ち砕かれ、何もかもが空虚に思えた日々を。
目に映る世界が灰色に染まり、誰の声も届かなくなった、あの頃の自分を。
そんな俺に再び色を与えてくれたのが――リースだった。
彼女のささやかな笑顔。拙い言葉。それらが、どれほど俺を救ってくれたか。
シュワーラはしばし沈黙した。やがて、深い吐息を漏らし、静かに言葉をつなぐ。
「……分かりました、殿下」
彼は頭を下げる。その目は冷静を装っていたが、ほんの少し揺れているのを俺は見逃さなかった。
彼の胸の内を、俺はすべて読めるわけじゃない。
けれど、彼がただ反対しているわけでもないことは、なんとなく理解できた。
沈黙が流れた。
長い回廊の窓から夕暮れの光が差し込み、俺たちの影を伸ばしていく。
やがて、シュワーラは静かに歩み去った。
銀の髪が夕陽に照らされて、淡く光って見えた。
彼が何を考えているのか、俺には分からない。
ただ――彼はきっと、リースに直接会いに行く。そう直感した。
(リース……)
胸の奥で小さく彼女の名を呼ぶ。
守りたい。失いたくない。
だけど、俺は王族だ。
彼女は婚約破棄されて田舎から出てきた平民の娘、そして、今は下働きの女性だ。
その差は、あまりに大きい。
……でも。
彼女が俺の光であることに、嘘はなかった。
どれだけ理屈を並べても、この気持ちは否定できない。
だから俺は、心に誓った。
――たとえどんな障害があろうとも、リースを守り抜く。
夕暮れの光の中、静かにそう決意した。




