第25話 甘い午後 ― カフェでのひととき
甘い午後 ― カフェでのひととき(ロベルト視点)
昼下がりの光が食堂の窓から差し込んでいた。
俺は勢いよく扉を開けると、思った通りの場所にリースがいた。
「リースー! やっぱりここにいた!」
彼女は驚いたように振り返り、ふわりと微笑む。
その笑顔を見るだけで、胸が跳ね上がる。
「ロベルト君、こんにちは。今日も元気ね」
いつもと変わらない優しい声。
でも俺にとっては、それがたまらなく嬉しい。
「うん! 今日はさ、街でめっちゃ美味しいスイーツを見つけたんだ!」
俺は興奮気味に話す。
まるで子犬みたいだって思われてるかもしれないけど、仕方ない。
彼女にこの気持ちを伝えたいんだ。
果物をふんだんに使ったタルト、甘いクリームが乗ったシュー……。
どれも彼女に食べさせたいって思った瞬間、真っ先にここに駆け込んできた。
俺の言葉に、リースは目を丸くして――そして小さく呟いた。
「……食べたいな」
その一言に、俺の心臓は大きく跳ねた。
「だよね! じゃあ行こう、今から!」
気づけば口が勝手に動いていた。
だって、俺と一緒に行きたいって思ってくれたのかもしれない。
そんな期待に胸が熱くなる。
◆
石畳の街路を並んで歩く。
昼下がりの太陽は柔らかく、行き交う人々の笑い声や露店の喧騒が耳に心地いい。
俺はこの時間を、ずっと忘れたくないと思った。
「ここだよ!」
案内したのは、白壁の小さなカフェ。
花の鉢植えが並び、甘い香りが漂ってくる。
彼女の瞳が少し輝いたのを、俺は見逃さなかった。
店員に案内され、窓際の席に座る。
メニューを広げるリースの表情は真剣そのもの。
そんな姿すら愛おしい。
「俺はこのベリータルトにする! リースは?」
「うーん……悩むけど、じゃあ、モンブランにしようかな」
モンブラン。
彼女の落ち着いた雰囲気にぴったりだと思った。
◆
ケーキが運ばれてくるまでの間、窓の外を眺めながら、俺は口を開いた。
「ね、リース。こうして街を歩いたり、カフェに入ったりって、楽しいでしょ?」
「ええ。いつも食堂と寮の往復ばかりだから、新鮮だわ」
彼女は軽く笑った。
その横顔に胸が締め付けられる。
「そっか……。じゃあ、また一緒に来ようよ!」
自然に出た言葉。
でも俺の中では願いに近かった。
本当は――「もっと一緒にいたい」って。
けれど彼女は、弟に向けるみたいな眼差しで頷くだけ。
俺の心の奥の熱さなんて、きっと気づいていない。
◆
運ばれてきたケーキ。
ひと口食べると、リースの瞳がぱっと輝いた。
「美味しい!」
その笑顔を見た瞬間、俺は心の底から思った。
――連れてきてよかった。
「だろ? 俺、これ食べた時、絶対リースに食べさせたいって思ったんだ!」
少し照れ隠しみたいに胸を張る。
でも彼女は本当に嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとう、ロベルト君。あなたのおかげで、すごく幸せな気持ちになれたわ」
その言葉に、呼吸が止まりそうになる。
俺の心臓が、爆発しそうなほど高鳴った。
――気づかないふりをしてるのは、リースのほうなのかもしれない。
◆
夕陽が街を黄金色に染める頃。
俺たちは店を出て、並んで歩いていた。
「楽しかったな!」
「ええ。また来ましょうね」
そう言って笑う彼女。
その笑顔に、俺の顔は一瞬で熱くなった。
「リース……」
「ん?」
「な、なんでもない!」
慌ててごまかす。
情けないって分かってるけど、今はまだ言えない。
◆
――俺の名はロベルト=ダイエー。
この国の第3王子だ。
本当は、ただの騎士見習いの少年なんかじゃない。
けれど、そんな肩書きはリースには必要ないと思った。
だから「ただのロベルト」として、彼女のそばにいた。
俺には婚約者がいた。
けれど同盟国との関係が決裂し、政略の駒のようにその婚約はあっけなく解消された。
笑って済ませたふりをしたけど、正直、胸の奥はずっと空っぽだった。
そんな時に出会ったのがリースだった。
彼女は公爵家を追放されても、黙々と働き、笑顔を見せてくれた。
俺のことを王子だなんて知らず、ただ「ロベルト君」と呼んでくれる。
その自然さが、どれほど心を救ってくれたか分からない。
――リースは、俺にとって光だ。
今日、彼女とカフェで過ごした時間は、ただの甘い午後のひとときに見えるかもしれない。
でも俺にとっては、それ以上のものだった。
婚約を失い、未来を見失いかけた俺にとって、彼女と過ごす一瞬一瞬が、生きる理由を思い出させてくれる。
彼女はきっと気づいていないだろう。
俺の胸に芽生えた気持ちを。
弟分としてしか見られていないことも分かっている。
それでも――俺は諦めない。
いつか必ず、リースに伝える。
彼女にとって「守ってあげたい弟」じゃなくて、「隣に立つ男」になりたいと。
黄金の夕陽に染まる街を歩きながら、俺は心の中で強く誓った。




