第24話 リース視点 甘い午後 ― カフェでのひととき
甘い午後 ― カフェでのひととき(リース視点)
翌週の昼下がり。
食堂の片付けを早めに終えた私は、珍しく手持ち無沙汰になっていた。
鍋も磨き終わり、床も拭き終え、帳簿の整理まで済ませてしまったら、やることがない。
「……こういう時に限って、誰も来ないのよね」
腰に手を当てて伸びをしていると、勢いよく扉が開いた。
「リースー! やっぱりここにいた!」
ひょっこりと顔を出したのは、金髪の少年ロベルト。
まだ正式な団員ではないけれど、ほとんど毎日のように遊びに来る。
「ロベルト君、こんにちは。今日も元気ね」
「うん! 今日はさ、街でめっちゃ美味しいスイーツを見つけたんだ!」
目を輝かせて駆け寄ってくる姿は、まるで尻尾を振る子犬そのもの。
私は思わず笑ってしまう。
「スイーツ?」
「そう! 商人通りの角に新しくできたカフェなんだ。果物をふんだんに使ったタルトとか、甘ーいクリームが乗ったシューとか……! めちゃくちゃ評判いいんだよ!」
彼の早口の説明に、胸が少し高鳴った。
スイーツ――。
そういえば、この世界に来てから甘いものらしい甘いものを、ほとんど食べていなかった。
前世で友人たちとスイーツ巡りをした記憶が、懐かしく蘇ってくる。
「……食べたいな」
思わず呟いていた。
するとロベルトがにんまり笑う。
「だよね! じゃあ行こう、今から!」
「えっ、今?」
「うん! だってリース、今日は暇なんでしょ?」
図星を刺されて苦笑する。
たしかに今日は珍しく時間がある。
「……仕方ないわね。じゃあ少しだけ付き合ってあげる」
「よっしゃー!」
ロベルトは子供のように拳を握って喜んだ。
◆
街へ出ると、昼下がりの光が石畳を明るく照らしていた。
露店の呼び声や、馬車の車輪の音。
人の賑わいに混じりながら歩いていると、なんだか胸がわくわくしてくる。
「ここだよ!」
ロベルトに案内されたのは、小さなカフェだった。
白い壁に花の鉢植えが飾られ、窓から甘い香りが漂ってくる。
扉を開けると、こじんまりとした店内には焼き菓子の香ばしい匂いが広がっていた。
「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
店員に案内されて、私たちは窓際の席に腰を下ろした。
メニューを開くと、色とりどりのケーキが並んでいる。
「わぁ……どれも美味しそう」
「俺はこのベリータルトにする! リースは?」
「うーん……悩むけど、じゃあ、モンブランにしようかな」
注文を済ませると、窓の外を眺める。
人通りを見下ろすだけなのに、なぜか胸が高鳴る。
こんな時間を過ごせるなんて、想像していなかったから。
「ね、リース。こうして街を歩いたり、カフェに入ったりって、楽しいでしょ?」
「ええ。いつも食堂と寮の往復ばかりだから、新鮮だわ」
「そっか……。じゃあ、また一緒に来ようよ!」
彼は無邪気に笑う。
私は「はいはい」と頷きながらも、心の中では「まるで弟を連れて歩いてるみたい」と思っていた。
◆
やがて運ばれてきたケーキは、見た目も華やかで、ひと口食べれば甘さが口いっぱいに広がった。
「美味しい!」
「だろ? 俺、これ食べた時、絶対リースに食べさせたいって思ったんだ!」
ロベルトは得意げに胸を張る。
そんな彼を見ていると、思わず笑ってしまう。
「ありがとう、ロベルト君。あなたのおかげで、すごく幸せな気持ちになれたわ」
「……っ!」
私に向けられた彼の瞳が、一瞬、大人びた色を帯びた。
けれど私は気づかないふりをする。
私にとってロベルトは、あくまで可愛い弟分。
守ってあげたい存在。
それ以上でも、それ以下でもない。
けれど――。
「(もしかして……リース、俺のこと……?)」
彼は心の中で小さな期待を膨らませていたことに、私は気づけなかった。
◆
カフェを出ると、夕陽が街を黄金色に染めていた。
「楽しかったな!」
「ええ。また来ましょうね」
そう言って笑いかけると、ロベルトの顔が一瞬真っ赤になった。
「リース……」
「ん?」
「な、なんでもない!」
慌てて誤魔化す姿が、また子犬みたいで可愛らしい。
私は思わず吹き出した。
こうして過ごした甘い午後。
ロベルトの胸には小さな期待が芽生え、私の胸には弟を思う優しい気持ちが広がっていた。
だけどその気持ちのすれ違いが、やがて思わぬ波紋を生むことになるとは――まだ誰も知らなかった。




