第22話 密命 ― 騎士団長アレックスの選考
密命 ― 騎士団長アレックスの選考
ダイエー王国の王城。
夕刻の鐘が鳴り響くころ、アレックス=ローレンス騎士団長は、王宮の一室で静かに直立していた。
鋼の鎧をまとった長身の男。
その灰色の瞳は真剣そのもので、目の前に立つマイケル=アシュフォートの言葉を聞き漏らすまいと集中していた。
「団長。――捜索してほしい人物がいる」
低く響く声が部屋を満たす。
マイケルは机の上に古びた羊皮紙を広げ、そこに記された名前を指先で叩いた。
「リース=グラスゴー。年齢十六。ギリーラ王国にて消息を絶った様子、公爵家の令嬢だ」
「……公爵令嬢、ですか」
アレックスは眉をひそめた。
グラスゴー公爵の名は、隣国の政変と共に国内でも噂になっていた。
国家反逆罪により処刑――。
その余波で、一族はどこへ散ったのかも分からない。
「この件は内密だ。王家の血筋に連なる娘ゆえにな」
「はっ。しかし……なぜ私に」
「そなたの騎士団は規律正しく、何より口が堅い。今回の任務にふさわしい」
マイケルの鋭い眼光に射抜かれ、アレックスは背筋をさらに伸ばした。
「御意。必ずや、無事に探し出してご覧にいれます」
◆
その夜、騎士団の本部へ戻ったアレックスは、執務机に腰を下ろすと深く息を吐いた。
机の上には数枚の羊皮紙。
部下の名簿と勤務記録だ。捜索任務に出すのは誰が最適か、慎重に選ばねばならない。
だが――。
「リース=グラスゴー……」
その名を口にした瞬間、アレックスの脳裏に、ひとりの少女の姿が浮かんだ。
金の髪を布でまとめ、蒼い瞳をきらめかせながら、大鍋をかき混ぜている少女。
騎士団の食堂で料理係として働く娘――リース。
「いや……まさか」
アレックスは苦笑した。
確かに名は同じだ。
だが、あの娘は十八歳と聞いているし、身分はただの下働き。
掃除も調理も手慣れた庶民の娘が、公爵令嬢であるはずがない。
「偶然の一致……だろうな」
彼女は料理を任せれば見事に仕上げ、掃除を頼めば隅々まで磨き上げる。
団員たちからの評判も良く、何かと手助けをしてくれる存在だ。
だが、所作に貴族の気配はない。
むしろ苦労を重ねてきた庶民の逞しさを感じさせる少女――それが、食堂のリースだった。
アレックスは、心に浮かんだ疑念をきっぱりと振り払い、目の前の任務に集中した。
◆
翌日、選考のために数名の騎士を呼び出した。
いずれも腕利きであり、信頼に足る若者たちだ。
「今回の任務は隣国ギリーラ王国だ」
アレックスの声に、騎士たちは一斉に顔を上げる。
地図を広げ、指で国境沿いの街を示す。
「表向きは交易の護衛だが、裏の目的は別にある。――内密の捜索だ」
騎士たちの表情に緊張が走る。
王命に近い任務であることは、言葉を濁しても伝わった。
「公爵令嬢を探し出し、連れ帰る。危険が伴うが、国にとって重要な役目だ。志願する者はいるか」
沈黙ののち、数名の騎士が堂々と一歩踏み出した。
その決意の眼差しに、アレックスは頷く。
「よし。お前たちを選ぶ。旅立ちは三日後だ。準備を怠るな」
◆
その日の夜、食堂。
団員たちが席を立った後、リースは大鍋を磨きながら、ひそかに溜息をついていた。
「また遠征かぁ……」
彼女は噂好きの団員から、騎士たちが国境を越える任務に出ると耳にしていた。
けれど、自分には関係ない。料理係の彼女は、ただ食堂を守り、団員たちが帰るのを待つだけだ。
「私が行けるわけ、ないよね」
かすかに笑って首を振る。
だがその胸の奥では、何か不思議な予感がざわめいていた。
――リース=グラスゴー。
その名を、王城の誰かが口にしたことなど、彼女はまだ知る由もなかった。
◆
アレックスは自室に戻り、最後の書類に署名を終えると、椅子に背を預けた。
ふと、窓の外に広がる夜空を見上げる。
「グラスゴー公爵令嬢……」
遠い隣国で待つのは、まだ見ぬ十六歳の娘。
だが、どんな娘であろうと、王命に背くことは許されない。
アレックスの胸中には、騎士としての誇りと使命感が燃えていた。
――まさか、食堂で黙々と働く少女こそが、本物の令嬢だなどとは、夢にも思わずに。




