第21話 王都ポーツマス ― 前国王チャールズ=ダイエー 王城の動乱
王都ポーツマス ― 王城の動乱
ダイエー王国の王都ポーツマス。
白い大理石の尖塔を持つ王城は、穏やかな秋の午後、普段ならば静かな政務の気配に包まれているはずだった。だが、その日の玉座の間には異様なざわめきが広がっていた。
「ありえん! なんということだ……!」
荒れ狂うように声を張り上げていたのは、すでに玉座を退いて隠居していた前国王、チャールズ=ダイエーであった。
白髪混じりの髭を震わせ、杖で大理石の床を強く突きながら、老王は目を血走らせていた。
「わしの娘マリアンヌが……その夫と駆け落ち同然で行ったあのギリーラ王国で……! 夫のグラスゴー公爵が、国家反逆罪で処刑だと!? そんな馬鹿な、信じられん!」
王城の高窓から差し込む光を浴びながら、チャールズは吠え立てる。
臣下たちは皆、顔を見合わせ、誰ひとり軽々しく口を挟めなかった。
マリアンヌ――チャールズの愛娘。
彼女は若き日に隣国ギリーラ王国の名門、グラスゴー公爵と恋に落ち、父王の猛反対を押し切って嫁いでいった。王家としての義務を無視し、駆け落ち同然で去った娘に、チャールズは最後まで背を向け続けたのだ。
だが。
「娘は……もう亡くなっておるのだろう? だが……孫娘が……残されていたはずだ!」
掠れる声で、チャールズは言った。
青き瞳に宿るのは、悔恨と焦燥。
「リース……! リース=グラスゴー……まだ十六のはずだ。生きておるなら……わしは……一度でいい、会わずにはおられぬ!」
その叫びに、場にいた国王アリフレッド=ダイエーが深く息を吐いた。
まだ三十代半ばの現国王は、苦悩の影を湛えた瞳で父を見やり、静かに頷いた。
「……父上。お気持ちはわかります」
アリフレッドにとって、マリアンヌは最愛の妹であった。
彼女を奪ったグラスゴー公爵を許せずとも、残された娘がいると知れば、血縁として放置できるはずもない。
「私も……妹の忘れ形見が無事であるか、気になる。すぐにでも捜索の手を打ちましょう」
国王の言葉に、場の空気が一変する。
宰相が進み出て、静かな声で申し出た。
「陛下、ここは慎重を期すべきかと。公爵処刑の報はギリーラ王国の政変を意味します。軽々しく兵を動かせば国際問題となりましょう。ゆえに……」
「内密に……信頼できる者に任せよ、というのだな」
アリフレッドは宰相の意図をすぐに理解した。
うなずき、鋭い視線を隣に控える男へと向ける。
「マイケル=アシュフォート」
呼ばれたのは、漆黒の外套をまとった壮年の武官。
鋭い目元に刻まれた皺は、幾多の戦場を駆け抜けた証。ダイエー王国の宮廷筆頭騎士にして、国王の片腕とも呼ばれる忠臣である。
「はっ、陛下」
「そなたに任せる。ギリーラ王国に潜り込み、リース=グラスゴーを捜索せよ。彼女が生きているならば……必ず保護し、この国へ連れ戻して欲しい」
マイケルは厳かに頭を垂れた。
「御意。必ずや、お望みのとおりに」
玉座の間に再びざわめきが広がる。
だがこの依頼は、内密で遂行せねばならぬ。グラスゴー公爵が処刑された理由が「国家反逆罪」である以上、その遺族を迎え入れる行為は、国際的には大きな火種となる。
だからこそ――この場にいた者たちは、口外無用を心に誓った。




