第20話 アーセナル視点 リース追放 ―
リース追放 ― アーセナル視点
俺はポーツマス=アーセナル、この学院の学院長だ。
表向きは伝統と格式を守る立場にあるが、実際のところ、学院の運営というのは常に金の問題と隣り合わせだ。華やかな行事、見栄を張る設備、保護者への接待……どれも金がかかる。そして俺自身、愛人に貢ぐためにもそれなりの資金が必要になる。だからこそ、大貴族からの寄付は俺にとって生命線みたいなものだった。
リース=グラスゴー。
忌々しい名前だ。あの小娘の父が外国の公爵で、多額の寄付金を約束していたから受け入れてやった。平民や下級貴族には絶対に許さない例外を作ってまでだ。ところがどうだ。グラスゴー公爵は国家反逆罪で処刑され、家は取りつぶし。寄付金の約束も当然ご破算。学院の名前を上げるどころか、罪人の娘を抱えているなんて知られたら、保護者たちの反発で学院そのものが傾きかねん。
その時点で俺の計算は大きく狂った。
寄付金をあてにして買ってやった愛人への高額な宝飾品。今も支払いに追われている。冗談じゃない。全部リースのせいだ。あの娘さえいなければ、俺は順風満帆に学院を回せていたのに。
だから、俺は最初から心の底で考えていたのだ。
いずれあの娘は追い出す、と。何かしらの理由を作ってでも。
◇◇◇
そして、その時は思わぬ形で訪れた。
夜半、鐘の音が鳴り響き、生徒や教師たちが慌ただしく走り回っている。俺が駆けつけると、物置小屋が炎に包まれていた。燃えているのは……リースが寝泊まりしていた場所だった。
あの瞬間、俺は心の中で笑った。
――これは好機だ、と。
火事など重大な規律違反だ。それを理由にすれば、堂々とリースを学院から追放できる。誰も逆らえまい。
そこへ生徒たちが口々に叫んだ。
「学院長! 見ました、リースが自分で火を放ったんです!」
レスターだのクローリーだの、取り巻きの連中だ。俺の胸はほくそ笑んだ。俺の考えを読んだかのように、都合のいい証言をしてくれるではないか。しかも複数人。これなら反論の余地はない。
「なっ……そんなことしていません!」
煤まみれの顔でリースが否定した。だが、俺は冷ややかに睨みつける。
こいつの父親がどういう末路を迎えたか、俺はよく知っている。血筋からして信用ならん。
「リース=グラスゴー。お前は学院に火をつけた。その罪により追放する」
俺が言い放つと、教師の一人が慌てて声を上げた。
「学院長! 証拠もなく、それはあまりに――」
「黙れ」
俺は鋭い声で遮った。
教師どもなど所詮は雇われ。逆らうのなら好きにすればいい。だが、この学院を去る覚悟はできているのか? そんな度胸のある者はいない。事実、俺が「共に追放される」と言った瞬間、皆の口はつぐまれた。
リースは震えながら俺を見上げていた。
「どうして……どうして私が……」
どうして? 決まっている。俺の計画を狂わせたからだ。俺を窮地に追いやったからだ。罪人の子がのうのうと学院にいること自体が恥辱だからだ。
「さっさと出ていけ」
俺は吐き捨てるように言った。
冬の夜? 知ったことか。小娘ひとり、凍えて倒れようが、俺の知ったことではない。
◇◇◇
こうして、リースは学院から追い出された。
俺は胸のつかえが取れた気分だった。やっと厄介な荷物を捨てられたのだ。これでせいせいする――そう思った。
だが、数日も経たぬうちに、耳障りな声が届き始めた。
「学院長! 事務の仕事が回りません!」
「厨房も大混乱です!」
「リースがいなくなってから、帳簿が滞って……」
馬鹿げている。
あの小娘ひとりいなくなった程度で、学院の仕事が止まる? 怠け者の言い訳に決まっている。ほんの少し頭を使えば、工夫すればどうとでもなるはずだ。たかが元・公爵令嬢が、事務や雑務に長けていた? 笑わせるな。そんなもの偶然か、周囲が甘やかしていただけだろう。
俺は苦情を一蹴し、心の中で鼻で笑った。
リースなど不要。学院は俺の手で回していく。そうでなければならない。
◇◇◇
その夜。
書類を片付けながら、俺は机に肘をついてにやりと笑った。
「まったく……くだらん」
どうせ職員どももじきに慣れる。小娘一人の分くらい、自分たちで埋め合わせるしかないのだ。俺の学院に不満があるなら出ていけ。代わりはいくらでもいる。
――そう思いながら、俺は懐から愛人への贈り物の明細を取り出した。
次は何を渡そうか。宝石か、それともドレスか。少々無理をしてでも、女の笑顔は俺に力を与えてくれる。借金のことなど、一時の快楽の前では取るに足らない。
「リース……」
忌々しい名前を、最後に吐き捨てる。
「お前のおかげで多少予定は狂ったが……まあいい。俺の学院から消えてくれただけで十分だ」
冷たい冬の風が窓を叩いていた。
けれど俺の胸には、勝ち誇った炎が燃えていた。
――これでいい。
学院も俺も、これからも変わらず存続するのだ。




