第18話 アトラス視点 ― 事務室の危機
アトラス視点 ― 事務室の危機
冬の寒さがいよいよ厳しくなってきたある日、俺は机の上に積まれた書類の山を前にして、頭を抱えていた。つい先日、リース=グラスゴーが「物置小屋放火の罪」で学院を追放されてしまったのだ。
そのときは信じられなかった。
あの大人しい少女が火をつけただなんて、とても思えない。
しかし、決まってしまったものは仕方ない。
問題は、その後だった。
リースがいた頃、俺の仕事は格段に楽になっていた。
入学届けや退学届け、請求書や給与明細……
数えきれない紙の束を、彼女は信じられない速さで処理してくれた。
正確無比で、しかも整理も抜群。
正直、俺一人では絶対に回らなかった仕事量を、彼女が支えてくれていたのだ。
ところが、学院長はそれを見て「人手が余っている」と勘違いしたらしい。
リースのおかげで回っていた仕事なのに、俺たちの部署から人を減らしてしまった。
結果、リースが追放された今、事務室には俺一人だけが残されている。
リースがいてもギリギリだったのに、そのリースがいない。
山積みの書類は雪崩のように溜まっていき、処理が追いつかない。
もう限界だった。
「はぁ……どうしたもんか……」
俺はため息をつきながら、机に広がる請求書を睨みつけた。
支払いの期限は迫っている。
教師たちの給料も、もうすぐ支給日だ。
このままでは遅延が発生する。
もしそうなったら――学院の信用は地に落ちるだろう。
俺は意を決して立ち上がった。
このまま黙って見ているわけにはいかない。
学院長に直訴するしかない。
リースを戻してくれるならそれが一番だ。
だめでも、せめて新しい人を雇ってもらわなければならない。
学院長室の扉を叩くと、すぐに低い声が返ってきた。
「入れ」
「失礼します、学院長」
俺は深々と頭を下げた。
学院長は机に座り、冷たい目で俺を見据える。
「どうした、アトラス」
「はい、事務室の仕事が――いや、このままでは学院全体の運営に支障が出かねません。
リースが追放され、人員削減の影響もあり、今のままでは到底処理が追いつきません。
支払いも給料も遅れが出ます。ですので、お願いです。
リースを戻していただくか、新しい人を雇ってください」
必死の訴えだった。だが、学院長の答えは冷酷なものだった。
「くだらんな」
「……え?」
「お前が怠けているから仕事が回らんのだろう。頭を使え。効率よく回せばいいだけの話だ」
俺は呆然とした。
怠けている? 俺が? リースを失った今、寝る間も惜しんで書類を処理しているというのに。
それでも追いつかないから助けを求めているのに。
「し、しかし……」
「言い訳は聞きたくない。お前は事務員だろう。ならば責任を果たせ」
それだけ言うと、学院長は書類に目を戻した。まるで俺の存在など最初からなかったかのように。
俺は学院長室を出ると、廊下で膝に手をついて深く息を吐いた。
胸の奥に重苦しい絶望が広がる。
どうしたらいい? リースはもういない。
新しい人を雇う気も学院長にはない。
つまり――この地獄のような仕事量を、俺一人でこなせということだ。
「どうすりゃいいんだ……」
誰も答えてはくれない。
事務室に戻れば、また書類の山が俺を待っている。
支払いが滞れば、教師たちの給料が遅れれば、矛先はすべて俺に向くだろう。胃の奥がきりきりと痛む。
リースがいなくなって初めてわかった。
あの少女は、ただの下働きじゃなかった。
俺たちを救ってくれる存在だったのだ。
けれどもう遅い。学院は自らその手を放してしまった。
机に積まれた紙の山を見つめながら、俺はただ頭を抱えるしかなかった。
これからどうなるのか――全く見当もつかなかった。




