第15話 紫髪の団員エリオットの視点 ― 可憐なる炊事係リース
紫髪の団員エリオットの視点 ― 可憐なる炊事係リース
俺の名前はエリオット=グランヴィル。
まだ騎士団に入って二年目の、若い団員のひとりだ。紫がかった髪が珍しいせいで「坊や」なんてからかわれることも多いけれど、剣術も馬術も必死で磨いてきたつもりだ。いつか団長のように堂々と皆を率いる騎士になりたい――そう願っていた。
けれど、最近。俺の心は別のことばかりを考えてしまう。
原因はただ一人――リースだ。
彼女が騎士団に来てから、雰囲気が一変したのは俺もすぐに気づいた。
最初は厨房を任されていると聞いて、正直期待なんてしていなかった。料理番なんて、裏方の仕事だ。騎士団にとって重要なのは剣と盾――そう思っていた。
だが、彼女が作った最初の朝食を口にしたとき、考えは一瞬で覆された。
あの日のスープの温かさ。肉と野菜の旨味が溶け込んだ滋味深い味。疲れ切った身体に染みわたり、自然と笑みがこぼれた。
「……うまい」
普段は食事なんて口に放り込むだけで味わったこともなかった俺が、思わず呟いていた。
気づけば周囲の団員たちも同じように頷き、歓声を上げていた。
それからだ。
厨房で働く彼女の姿を、何度も目で追ってしまうようになったのは。
リースはいつも真剣だった。
小柄な体で大鍋をかき混ぜ、時には火傷しそうになりながらも、団員たち三十人分の食事を黙々と仕上げる。その姿は、剣を振るう俺たちよりもずっと強く見えた。
しかも、彼女は俺たちの名前を一人ひとり覚えてくれる。
スープを受け取るとき、ふいに「エリオットさん、今日も訓練頑張ってくださいね」と笑いかけられた瞬間――心臓が跳ね上がった。
(な、なんだ……この感じは)
そのときの彼女の微笑みが、夜になっても頭から離れなかった。
そんなある日。
訓練場で、倒れかけた槍がリースに向かって落ちてきた。俺は反射的に走り出し、彼女を抱き寄せていた。
「危ないっ!」
彼女の体は驚くほど軽く、ふわりとした金の髪が俺の頬に触れた。
ほんの一瞬だったのに、鼓動が速くなって息が詰まりそうになった。
「だ、大丈夫です……」
震える声でそう言うリースを見て、胸の奥がぎゅっと痛くなった。
(守らなきゃ……俺が、この子を)
そのとき、俺ははっきりと自覚した。
リースがただの炊事係じゃない。俺にとって特別な存在になってしまったのだ、と。
その夜、団員たちと一緒にシチューを囲んだとき、皆がリースを「仲間だ」「家族だ」と口々に言った。
もちろん俺も同じ気持ちだ。
だが、俺の心の奥には――もっと違う感情が芽生えていた。
(家族、じゃない。俺は……リースに、恋をしてるんだ)
気づいてしまったその想いを、俺は誰にも言えない。
けれど、彼女が笑うたび、名前を呼んでくれるたびに、心が温かくなっていく。
俺はまだ未熟な騎士だ。
けれど、リースを守りたい、この場所で彼女の力になりたい――そう強く願わずにはいられない。
夜更け、寝台に横たわりながら、俺はそっと目を閉じた。
浮かぶのは、あの笑顔。
明日の朝も、彼女の料理の香りで目覚めるのだろう。
(リース……俺は、きっとあなたを守る)
心にそう誓いながら、眠りに落ちていった。




