第14話 騎士団員とのエピソード
騎士団員とのエピソード
リースが騎士団の炊事場に立つようになってから、数日が経った。
彼女の手際の良さはすぐに評判となり、団長アレックスや副団長シュワーラだけでなく、団員たちの間でも「あの子が作る飯は格別だ」と噂されるようになった。
その朝も、まだ夜明けの鐘が鳴り終わらぬうちからリースは厨房に立ち、包丁を握っていた。
手早く野菜を刻み、大鍋でスープを煮込みながら、並行して焼きたてのパンを温める。その動作は流れるようで、見ている者の目を奪う。
「おいリース、そんなに急がなくてもいいんだぞ」
声をかけたのは、逞しい体格の騎士団員――ガレスだった。彼は力仕事を任されることが多く、豪快な性格で知られている。
「いえ、皆さんが訓練に出る前に温かい食事を届けたいんです」
リースはにこりと笑う。
その笑顔に、ガレスは思わず頭をかいた。
「そ、そうか。……いや、悪いな。俺たち、今までこんな気遣いをしてもらったことなかったからよ」
やがて朝食の時間になると、三十人の団員たちが次々と食堂に入ってきた。
スープの湯気が立ちのぼり、香ばしいパンの匂いが広がる。
「うわ、今日もいい匂いだな!」
「昨日の肉の煮込み、まだ忘れられねえ」
「おい、誰か早く座れよ! リースが盛り付けしてくれるんだぞ」
団員たちが口々に歓声をあげる。
リースは一人ひとりにスープを手渡しながら、名前を覚えようと努めていた。
「はい、こちらどうぞ。えっと……ランスさん、ですよね」
「おお、覚えてくれたのか! ありがとう!」
彼女の細やかな気配りに、団員たちの心は少しずつほぐれていく。
ある日の午後、思いがけない出来事があった。
重たい訓練用の槍が倒れかけ、近くにいたリースを直撃しそうになったのだ。
「危ないっ!」
咄嗟に駆け寄ったのは、若い団員エリオットだった。
彼はリースを抱き寄せ、槍を受け止める。
「きゃっ……!」
「大丈夫か、リース!」
幸い怪我はなかったが、リースは目を丸くして立ち尽くした。
エリオットは少し照れたように笑い、槍を立て直す。
「気をつけろよ。お前がいなくなったら、俺たちの飯が台無しになるんだからさ」
冗談めかした言葉に、周囲の団員たちも笑い声をあげた。
「そうだぞ、リース! お前は俺たちの命の恩人だ!」
「いや、胃袋の恩人だな!」
笑いと共に、騎士団の空気はより温かなものへと変わっていった。
その夜、食堂の片隅で団員たちがリースを囲むように集まっていた。
大きな鍋に作ったシチューを食べながら、彼女に感謝を伝えるのだ。
「リース、本当にありがとうな。前までの飯は冷めて固くて、訓練に身が入らなかったんだ」
「そうそう。お前の料理を食べると、なんだか力が湧いてくるんだよ」
「なあ、今度は俺の好きな魚料理も作ってくれよ!」
皆の言葉に、リースは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
ついこの前まで、自分は学院を追われ、寒空の下に放り出された存在だった。
けれど今は――こうして自分を必要としてくれる人々がいる。
「……わたしの方こそ、ありがとうございます」
リースは小さな声で呟いた。
「皆さんが喜んでくれるから、わたしも頑張れるんです」
その言葉に、団員たちは一瞬静まり、次いで大きな歓声をあげた。
「よし、これからも俺たちの仲間だ!」
「団員じゃなくても関係ない。リースはもう家族みたいなもんだ!」
その場の空気に、アレックス団長とシュワーラ副団長も頷いていた。
「リース、君がここに来てくれて本当に良かった」
「うむ。お前の力は料理だけじゃない。団の心を一つにしてくれている」
その夜、暖かな灯火の下で笑い合う声が、騎士団本部にいつまでも響いていた。
リースはようやく、自分の居場所を見つけたのだ――そう実感していた。




