第13話 騎士団の新しい朝 ― 感謝と驚きの中で
騎士団の新しい朝 ― 感謝と驚きの中で
朝食の騒ぎが一段落したあとも、騎士団の寮はざわついていた。
久しぶりに満腹になった団員たちは、食堂を立つときに一人残らずリースに声をかけていく。
「嬢ちゃん、あんなうまいパン、久しぶりだぜ!」
「スープのおかげで、体がぽかぽかするよ」
「これから毎朝頼むな!」
褒められ慣れていないリースは、頬を赤くして「ありがとうございます」と頭を下げるしかなかった。
その横で、アレックス団長は腕を組んでふんぞり返り、にやけ顔を隠そうともしない。
「見たか、シュワーラ。俺が大歓迎したのは正解だったろう? こんな逸材を見抜けるのは、この俺くらいのもんだ」
「……はいはい。団長の目利きがすばらしいということにしておきましょう」
銀髪の副団長は肩をすくめるが、内心では驚いていた。
十六の少女が三十人分の食事をこれほどの速さと味で作れるなど、常識では考えられない。
(本当に……彼女は何者なんだ?)
だが、それを口に出すことはしなかった。団長がうれしそうに笑っている今、冷や水を浴びせるのは無粋だとわかっていたからだ。
その日の午前、リースはさっそく次の仕事に取りかかっていた。
「寮の廊下の掃除、洗濯物、それに昼食の仕込み……できるところから全部やりますね」
前任者が音を上げた理由がよくわかる。
広い騎士団寮は石造りで、廊下は長いし部屋数も多い。団員三十人が毎日使うとなれば、ほこりや泥はあっという間に溜まる。
リースはほうきを手に、歌うように鼻歌を響かせながら廊下を掃いていく。
泥の塊も髪の毛も、彼女の手際の前では瞬く間に片づいていった。
団員のひとりがその様子を目にし、感嘆の声を上げる。
「すげえな……前は二人がかりでも一時間かかってたのに」
「ふふ、やり方を工夫してるだけですよ」
リースはにこりと笑って返す。
昼近くになると、大鍋では煮込みがぐつぐつと音を立て、干し野菜と肉の香りが漂い始めた。
「午後の訓練に力を出せるように、ちょっと濃いめに味をつけてみました」
彼女は鍋をかき回しながら説明する。
その言葉通り、昼食を食べた団員たちは一様に満足げに腹を叩いた。
「うめえ! 腹の底から力が湧いてくるぞ!」
「おい団長! これなら戦でも勝てる!」
アレックスは豪快に笑い声をあげる。
「だろう? 俺の見る目は間違ってなかった!」
シュワーラもまた、椀を置いて静かにうなずいた。
「確かに、料理の腕だけでも大きな戦力だな。団員たちの士気がこれほど上がるのは、数年ぶりかもしれん」
リースは少し照れながらも、黙々と片付けに取りかかっていた。
午後は洗濯だ。
寮の裏手にある大きな桶に水を張り、リースは騎士たちの汗臭いシャツや布をどんどん放り込んでいく。
「これ全部……?」
山のように積まれた洗濯物を見て、さすがのリースも一瞬たじろぐ。
だが彼女は気を取り直し、桶に腕を突っ込んで洗い始めた。
――ごしごし、ごしごし。
指が赤くなるまでこすり続け、それでも口元には小さな笑みが浮かんでいる。
(ここで役に立てれば、私は追い出されない。私にはここしかないんだから)
その必死な姿に、洗濯場を通りかかった若い騎士が思わず足を止める。
「……嬢ちゃん、ありがとな。俺たちの鎧下、汗で臭くてかなわなかったんだ」
「いえ、これも仕事ですから」
リースは顔を上げず、黙々と洗い続けた。
日が暮れるころ、寮の食堂は再び騒がしくなった。
今度は夕食だ。
テーブルに並んだのは、香草をまぶしたロースト肉、野菜の付け合わせ、温かいスープ、そして焼きたてのパン。
昼よりもさらに豪華で、見た目にも鮮やかだった。
「おお……!」
団員たちは目を輝かせ、次々に席についた。
その光景を見て、アレックス団長は胸を張る。
「どうだ、みんな! これが新入りリースの腕前だ! 大いに食って、明日からの鍛錬に励め!」
「団長の言うとおりだ! 嬢ちゃん、ありがとう!」
「まさか騎士団でこんな食事ができるとは……」
口々に感謝の言葉が飛び交う。
シュワーラは静かに杯を持ち上げ、リースの方へ向けて軽く傾けた。
「……ご苦労だったな」
それだけの言葉だったが、彼の無表情を見慣れている団員たちは、その一言がどれほどの賛辞であるかを理解していた。
リースは小さく会釈し、また片付けに戻った。
夜。
ようやく全ての仕事を終え、管理人室に戻ったリースは、硬いベッドに身を投げた。
体中が痛い。手もひどく荒れている。
けれど、不思議と心は軽かった。
(……よかった。今日は、ちゃんと役に立てた)
その頃、団長室ではアレックスとシュワーラが話し込んでいた。
「なあ、やっぱりすごいだろ? あの子は掘り出し物だ」
「……否定はしません。だが、団長。彼女の過去については何もわかっていないんですよ」
「そんなの関係ないさ! 団のために働いてくれる。それだけで十分だろう?」
「……」
シュワーラは言葉を飲み込み、窓の外の夜空を見上げた。
団員たちの笑顔。リースの必死な姿。それらが心に焼き付いて離れなかった。
(本当に……ただの少女なのか? それとも――)
そうした疑念を抱えながらも、副団長の胸には、ほんの少しだけ温かいものが芽生え始めていた。
こうしてリースは、感謝と驚きに包まれながら、騎士団での新たな一歩を踏み出したのであった。




