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冤罪で家が滅んだ公爵令嬢リースは婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!  作者: 山田 バルス


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第12話 騎士団の朝 ― リースの初仕事

騎士団の朝 ― リースの初仕事


 まだ夜が白みはじめたばかりの頃。

 騎士団本部の厨房では、ひとりの少女が忙しなく動き回っていた。


 リース=グラスゴー。昨日の晩、半ば強引に採用される形でこの騎士団の新しい下働きとなった少女である。


 前夜は管理人室の片隅に泊めてもらった。ほとんど眠れなかったが、不思議と疲れは感じなかった。むしろ「今日こそ役に立たなければ」という焦燥感が、彼女を突き動かしていた。


「ええと、団員さんは三十人分……材料は――」


 食糧庫に入ったリースは、整然としているようで乱雑な樽や麻袋を前に眉をひそめる。麦粉、塩、干し肉、卵、干し野菜……量は多いが、調理された痕跡は少ない。


(なるほど……これじゃあ、前任の人が音を上げるのもわかるわね)


 寮の掃除に洗濯、それに三十人分の食事まで。とても一人の女性が抱えられる仕事ではない。リースはため息をついたが、すぐに気持ちを切り替える。


「よし、まずはパンを焼きましょう。団員さんは体を使う人ばかりだから、栄養とボリュームが必要だわ」


 粉を捏ね、発酵を待つ間に鍋を二つ火にかける。片方ではベーコンと干し野菜を炒めてスープを、もう片方では卵を割り入れて半熟のスクランブルエッグを作る。手際は驚くほど早い。


 リースには《料理》というスキルが備わっていた。

 それは前世の記憶とも関わっているが、本人もその由来を深く考える暇はない。ただ、彼女の手から生み出される料理は、常人の何倍もの速度と完成度を誇っていた。


 パンが膨らみ始めると同時に、スープからは食欲をそそる香りが漂い出す。油の跳ねる音、香辛料の刺激的な匂いが厨房いっぱいに広がった。


「ふう……あとは盛り付けを整えて……」


 気がつけば、まだ太陽が地平線から顔を出す前。

 だが長机の上には、すでに三十人分の朝食がずらりと並んでいた。パン、スープ、卵料理、そして少しの果物。


 その光景に、偶然厨房を覗いた赤髪の団長アレックス=ローレンスが、思わず目を丸くする。


「おい……これは一体どういうことだ?」


「おはようございます、団長さん。朝食を用意しておきました」


 リースが軽く頭を下げると、アレックスは頭をかきながら近づいてきた。


「すごいじゃないか! 昨日来たばかりだろう? もう三十人分を仕上げるとは!」


 声は驚きと喜びで弾んでいる。

 その様子を後ろから見ていた銀髪の副団長、シュワーラ=エレメントは、半信半疑で皿を手に取った。


「……本当に食べられるのか?」


「失礼ですね」

 リースはむっと頬を膨らませる。


 だが、シュワーラがスープを口にした瞬間、彼の表情は僅かに揺らいだ。


「……うまい」


 あまり味に感情を出さない彼が、思わず呟いた一言だった。

 塩加減は絶妙で、干し野菜の甘みとベーコンの旨味が渾然一体となっている。温かさが体の芯に染み込むようだった。


「ほらな! だから言っただろ、掘り出し物だって!」


 アレックスは大喜びで背中を叩く。

 シュワーラは黙り込んでいたが、その目には驚きと、わずかな警戒が入り混じっていた。


(……ただ者ではないな。この少女は。スキル持ちか、それとも……)


 やがて朝の号令が響き、眠たげな騎士団員たちが食堂に集まり始める。

 テーブルに並んだ料理を見て、口々に歓声が上がった。


「なんだこれ、うまそうじゃねえか!」

「パンが焼き立てだぞ! いつもは冷えた硬いやつだったのに!」

「スープが……あったけぇ……」


 団員たちの顔に笑みが広がり、食堂は一気に賑やかになる。

 その中心で、リースは少し恥ずかしそうに立っていた。


「みなさんに喜んでもらえて、よかった……」


 アレックスは腕を組み、大満足といった顔でうなずく。


「見ろ、シュワーラ! これだけ団員たちが笑顔になるのは久しぶりだぞ!」


「……確かに。料理一つでこれだけ士気が上がるとは」


 副団長としては素直に感心するほかなかった。

 だが、心の奥底ではまだ疑念が燻っている。


(彼女はなぜ、こんな力を持っている? そして、なぜここへ来た?)


 リースはそんな視線に気づいているのかいないのか、次々と皿を並べ直し、食べ終えた団員には追加を勧める。動きは無駄がなく、笑顔も自然であった。


 食堂のざわめきの中、アレックスが声を張り上げる。


「よし、決まりだ! リース、お前は今日から正式に騎士団の一員だ! 清掃も洗濯も任せたいが、まずは料理を優先してくれ!」


「は、はい! 一生懸命がんばります!」


 少女の瞳はまっすぐに輝いていた。


 その姿を見て、さすがのシュワーラも深いため息をつくしかなかった。


(……仕方ない。団長が惚れ込む理由も、わからなくはない)


 こうして、リースの騎士団での新しい生活は、思いがけぬ喝采とともに幕を開けたのであった。

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