第10話 レスター騎士団 ― 人手不足の夜
レスター騎士団 ― 人手不足の夜
レスター騎士団の寮は、王都の南端にある。
昼間は整然とした訓練場の声で満ちているが、夜ともなれば、がらんとした食堂と寮舎の静けさが広がるだけだった。
その寮の奥、事務所の明かりの下で、赤髪を後ろで無造作に結んだ男が椅子に腰を下ろしていた。
アレックス=ローレンス、三十六歳。レスター騎士団の団長である。
豪放磊落な性格で団員からの信頼は厚いが、今夜ばかりは困り顔だった。
「……またか」
机の上には、きちんと畳まれたエプロンと白い頭巾が置かれている。
つい数時間前まで、寮の清掃と食事係をしていた女性のものだ。
「団長、今度はどんな理由で?」
問いかけたのは、隣に立つ副団長。
銀の髪をきっちり後ろでまとめ、冷静な目を持つ青年――シュワーラ=エレメント。二十八歳にして副団長を任される切れ者である。
「仕事が多すぎるってさ。朝は掃除、昼は買い出し、夜は調理……。おまけに団員の洗濯までやらされるのは無理だってよ」
アレックスは頭をかきながらため息をついた。
「それは……当然でしょう」
シュワーラは眉をひそめる。
「前任の方も、結局は同じ理由で辞めたはずです。女性一人に任せるには荷が重すぎます」
「分かってる。だがな……人手が足りないんだ」
「だからと言って、団長。あなたが“女性限定募集”などとしたのが間違いです」
鋭い指摘に、アレックスは苦笑するしかなかった。
「だってなぁ、若い団員ばかりだ。むさ苦しいばかりじゃ、寮の雰囲気が荒むだろ? 女性が一人でもいると空気が和らぐんだ」
「和らぐどころか、逆に気を遣わせて辞められている現状を見れば、正解とは言えません」
シュワーラは冷静に返す。
「ぐっ……耳が痛い」
アレックスは椅子の背もたれに身を投げ出し、天井を見上げた。
人手不足。
それはレスター騎士団が長年抱える問題だった。
王都防衛を担う精鋭とはいえ、予算は潤沢ではなく、華やかな王宮騎士団に比べれば人材の確保は難しい。
そのしわ寄せが、寮生活の雑務に現れていた。
「仕方ない、団員を持ち回りで使うしかないか……」
アレックスがぼそりと呟く。
「ですが、年末は警備も増えます。団員に余計な仕事を与えれば、士気が下がります」
「分かってるさ……」
重い沈黙が事務所に落ちた。
窓の外では雪がしんしんと降り積もり、街道の灯りを白く覆っていく。
「新しい人材なんて、もう年内は来ないでしょう」
シュワーラの冷静な言葉に、アレックスも頷いた。
「まったくだ。……はあ」
二人が同時にため息をついた、その時だった。
――コン、コン。
事務所の扉を叩く音が響いた。
アレックスとシュワーラは顔を見合わせる。
こんな夜更けに訪ねてくる者など、滅多にいない。
「誰だ?」
アレックスが声を張ると、少し間を置いて、外からか細い声が返ってきた。
「あの……求人を見て、来ました」
アレックスは一瞬耳を疑った。
「……求人? おい、シュワーラ。俺たち、今何の話をしてた?」
「辞めた人の後任が来ない、という話を……」
二人の目が合った。
信じられない、という表情がそっくりそのまま映っていた。
アレックスは立ち上がり、扉を開け放つ。
そこには、雪に濡れた作業着姿の少女が立っていた。
金の髪が肩に散り、蒼い瞳は疲れているが、真っ直ぐに二人を見つめている。
「……君は?」
「リース=グラスゴーと申します。清掃と食事係の募集を見て……どうしても、働かせていただきたくて」
その言葉に、アレックスはぽかんと口を開けた。
シュワーラも珍しく目を丸くしている。
「まさか……本当に求人を見て来た者が、今この雪の夜に現れるとはな」
アレックスは思わず天井を仰ぎ、苦笑した。
絶望的な人手不足に悩んでいた矢先の、まさかの来訪。
それが、後に騎士団に大きな変化をもたらす少女――リースとの出会いだった。




