エピローグ 天使は見た。
螺旋の惑星、《ナイトメア》。
その惑星は法螺貝のように唸り、四つの層からなる巨大な星。
その外周軌道を周回する観測衛星、《ガードナー》───神の瞳。
《ナイトメア》に封じられた神と、その世界を観測する為に作られた、星。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
何千枚ものモニターのようなものが並ぶ、中枢制御室。
その一角で、栗色の髪を団子にした天使の少女が、画面を凝視していた。
「おかしい……絶対におかしいのです」
少女の声が、静かな部屋に小さく響く。
画面には、血まみれで倒れる少年の姿。つい先程まで一層で赤色のスライムと死闘を繰り広げていた転移者。
「彼は、転移者………他の者と同じく完全な肉体を与えられているはずなのです……」
だが、その戦いぶりはあまりにも弱々しい。
スライム一体に、ここまで苦戦するなんて前例がない。
「なのに、なぜ……こんなに弱いのです……?」
困惑している天使は、モニター画面の下にある操作盤に触れた。
データベースを遡っていき、すぐに少年のデータを見つける。
「確認するのです……もしかしたらが、あるかもしれないのです……」
手早く承認コード入力していき、少年のデータを開封する。
しかし──、
「こ、これは……」
天使の少女は、息を呑んだ。
目の前に映し出される、ありえない光景に。
【転移者データ】
出自──地球『日本』。
名前──東條刃。
神体適正──12%
魂の強度──99%
「ありえない! こんなのありえないのです!!」
天使の可愛らしい顔が、一瞬で蒼白になる。
それもそのはず、転移者に必要な、条件は二つ。高い神体適正と規格外の才能。
少年の持つ魂の強度99%──この数値は確かに規格外の才能だ。
だが肉体適正があまりにも低すぎる。
「12%なんて……いくら完全な肉体を与えても使いこなせないのです……」
天使の少女は気づいた。この少年が弱い理由を。
どれだけ完璧な肉体を与えられても、それを扱う適正がなければ意味がない。彼はまるで、身の丈に合わない服を着せられた子供だ。
「だから、こんなに……」
画面の中で、少年は倒れたままだ。
ボロボロの身体。左腕はあらぬ方向へ曲がり骨は肉を貫き飛び出している。
「女神様……一体どうしてなのですか……」
天使の少女は、画面を見ながら弱々しか呟いた。
その時──。
画面の中で少年が動いた。
倒した赤いスライム──ベノムスライムの亡骸から光球が溢れ、少年の身体に吸い込まれていく。
ぐちゃぐちゃだった左腕が、音を立てて元に戻る。
「魔力吸収……回復していくのです」
それ自体珍しい事ではない。
第一層では、生物を倒せば魔力が奪える。
この星に住む者なら誰でも身を持って知っている事。転移者もまた、例外ではない。
「え……?」
少年が立ち上がった。
ゆっくりと、だが迷いなく。
「そんな……」
天使の少女は信じられないという表情で画面を見つめた。
『あぶねぇ、助かった〜。やっぱりモンスターを倒すと魔力が手に入るのかぁ〜。んーでもなぁ………」
少年は呟きながら何事もなかったかのように歩き出した。
「嘘でしょ……?」
ついさっきまで、激痛に喘いでいたはずだ。
左腕から骨が飛び出し、全身は血だらけだった。
回復したとはいえ、痛みの記憶は確かに残っている。
なのに──。
「なんで、そんな顔で歩けるのです……?」
少年の顔には、少年の瞳には、一切の迷いもなかった。
確かに痛み、恐怖、死を感じていた。
そのはずなのに、この少年は一歩を踏み出すことに躊躇がない。
「こんなの……おかしいのです……」
天使の少女はいつのまにか震えていた手を画面の向こうの少年へと伸ばした。
普通なら、止まる。
普通なら、休む。
普通なら、恐怖する。
でも、この少年は違う。
「適性がないはずなのに……」
画面の中で、少年は暗い森の奥へと進んでいく。
その背中は、何ものも恐れていない。
天使の少女は、魂で理解した。
女神が少年を選んだ理由を。
適性がなくとも、才能が足りなくとも、この少年にはそれを補って余りある何かがある。
「私、決めたのです」
天使は、制御室を飛び出した。
向かうは、女神の座する場所。
「私が、彼を導くのです!!」




