黄金の試練 1
黒く分厚い雲に覆われた空と、その空を反射し黒く染まる水鏡。
澱んだ空気、世界樹のように威圧するような感じとは違う。まるで来るものを拒んでいるかのような刺々しい雰囲気だ。
「なんだここ……」
この雰囲気、妙に落ち着かない。まるで猛獣のいる檻に放り込まれたような感覚。何かがいる。直感するが見渡す限り浅い水面だけで他には何もない。
「ベティさん、ここは?」
俺は何か知っているであろうベティさんに声をかける。
しかしべティさんは返事をくれなかった。ただ上を見上げひどく動揺した表情を浮かべていた。キュラスさんも同様だ。
その異様さに俺は魔力で目を強化した。
そして気が付いた。はるか上空で浮かぶ玉座に座りこちらを見下ろす人影に。
「ッ……!!!」
目が合った。
すると俺の体が捕食者に見据えられた獲物のように硬直する。動けば死ぬ、嫌な確信があった。
翡翠のような瞳に見つめられ、太陽のように燦々と輝く金色の髪が靡くたびに、全身の細胞が逃げろと叫ぶ。その叫びが震えとなって全身に伝播した。だが動けない。呼吸すらも許されていない気がした。
恐怖じゃない、本能だ。
纏う雰囲気、魔力、覇気、何もかもが生物として、生命としての……次元が違う。
「精霊王様……」
ベティさんが呟いた。
すると玉座に座る人影が動いた。そして消える。
「久しいな、神子よ」
水面が揺れる。背後に巨大な気配が現れる。
「くっ!!!」
俺は思考を置き去りにして反射的に振り返る。
そこには───。
金色の髪、円環が浮かぶ翡翠の瞳。
紛れもない。精霊王と呼ばれた、存在が立っていた。
「……!」
息が、詰まる。
至近距離。改めて見ても存在の圧が圧倒的すぎる。溢れ出る太陽の如き輝きを放つ魔力。熱を帯びているのか水面が蒸発している。
「オルヴェリス様、今度は……」
仰々しく跪くベティさんたち。
「よい、仔細は我が子たちに聞いている。面白い童がいると。改めて、其方の名は?」
しかしそれを軽く制し、オルヴェリスと呼ばれた怪物が俺を見つめてそう言った。
「……東條刃」
俺は、真っ直ぐオルヴェリスを見て答えた。それだけで精一杯だった。
「刃か……」
俺の名を反芻し、値踏みするように全身を見るオルヴェリス。その視線の一つに生きた心地がしない。
「ふむ、確かにいい魂をしているな」
オルヴェリスが、一歩近づく。
それだけで空間が揺れ、激しい熱気が俺を襲う。
「よし、よかろう。刃、お前に試練を与える。見事突破できれば力をやる。其方が最も欲する力を、だ」
「そうだ」
オルヴェリスはもう一歩俺へと近づく。
「霊装。強く速いと言った単純な武具ではない」
オルヴェリスは一瞬、言葉を区切った。
「其方の魂を鏡のように映し、其方だけの力へと変わる」
「このように、な」
オルヴェリスが俺の方へ手を翳す。
すると空中に金色の魔力が奔り、空間に歪みが生まれる。
「熱ッ!!」
身が焦げるような熱。水面が枯れていく。
その歪みから、黄金の太陽が現れた。
その中心には黒い影。
いや、違う。
これは──。
「……人?」
影が、形を変える。
人の形へと。
光が収束し、輪郭が顕になる。
やがて、俺の前に全身を黄金の鋼で覆った騎士が立っていた。
「我が剣よ。その童に試練を与えよ」
オルヴェリスの声に呼応するよに腰の剣を抜き放つ黄金騎士。
「仰せのままに」
その一言を置き去りに、俺の頭上へ。
雷の如き、黄金の一閃が降り注いだ。




