9品目 うさみみリンゴ
『穂積くん、おはよう。昨日はごめんね。』
ピコンとなったスマホには1通のメッセージ。田部さんからのものだった。
すでに朝になっていて、カーテンの隙間から眩しい光が差し込んでいる。待ってる間にソファで寝てしまったらしい。
田部さんからのメッセージでオレは一気に目が覚めた。昨夜来られなかったこと、そして連絡がなかったことへの不安が押し寄せてくる。
メッセージには続きがあった。
『帰り道で、ちょっとした交通事故に遭っちゃって……』
幸いにも軽傷ですぐに警察と救急車が来てくれたという。応急処置や検査で一晩病院にいたため、連絡できなかったとのことだった。
スマホを持つ手が震える。
いつものように明るい笑顔で部屋に入ってくる、それが当たり前だと思っていた。もしも大怪我をしていたら、もっとひどいことになっていたら、そう考えると怖くてたまらなかった。
『今、病院から帰る手続きするところ。大丈夫だよ。心配しないで。』
そう書かれていても、心配でいてもたってもいられなかった。すぐに田部さんに電話をかけ無事を確認した。
「穂積くん、わざわざありがとう。大丈夫だよ、本当に。」
電話越しの少し弱々しい声にいつもの元気は無く、俺は胸を締め付けられた。
「……何か、食べましたか?」
「んー、今はちょっと、食欲なくてまだだよ。」
「そうですか。まずは迎えに行きますので待っててください。」
俺は急いで身支度を整え、家を飛び出した。
病院に到着すると、少し顔色の悪い田部さんが、フラフラと歩いて正面玄関を出てきたところだ。
「穂積くん……」
「無理しなくていいです。ゆっくり行きましょう。」
田部さんの手を握り、静かにとタクシーに乗る。そのままオレの部屋に戻る。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
食欲がないという彼女のために、冷蔵庫にあったリンゴを剥き始めた。包丁で丁寧にカットしていく。
皮をウサギの耳に見立てて、かわいくうさぎの形に切り取った。
もう一切れはハート型だ。クッキーの型抜きでハートの形を印して皮を剥いていく。
リンゴをさらに盛り付けて田部さんに渡す。
「わぁ、うさぎさんだ! こっちはハート!」
そう言って、田部さんは笑顔を見せた。その笑顔を見て俺は心の底から嬉しくなった。
田部さんは、リンゴを一口、また一口とゆっくりと口に運んでいる。オレはその様子をじっと見つめていた。
「……あの、田部さん」
「ん?」
「昨夜、来なかったから…… 正直、すごく心配しました。」
田部さんは、リンゴを食べる手を止めて、俺の顔を見る。
「もしかしたら、オレが何か傷つけてしまっんじゃないか、嫌われたんじゃないかって……」
そう言うと、息が詰まる。
「もし、そうなら嫌だなって思って…… オレ、あなたのことが好きなんです。」
オレは意を決して自分の気持ちを伝えた。田部さんを失いたくない、その一心だった。
田部さんは少し驚いたような顔をしていたが、すぐに優しく微笑んだ。
「もう、穂積くん。嫌いになんかならないよ。」
その言葉に、俺の心は安堵に満たされた。
「……むしろ、穂積くんの気持ち、すごく嬉しい。」
田部さんは、少し照れたように俯き、リンゴをもう一口食べる。
食べ進めていると「いたっ」と小さな声を上げた。
「大丈夫ですか?」
「うん。ちょっと、傷に触っちゃった……」
オレは慌てて、田部さんの手に自分の手を添えた。傷が痛まないよう優しく声をかけた。
「今日はもうゆっくり休んでください。何かあったら、すぐ言ってくださいね。」
「ありがとう、穂積くん。」
田部さんは俺の手をぎゅっと握り返し、再び微笑んだ。その手は温かくて、とても安心した。
本日の材料
・リンゴ:1/2個




