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プロローグ ― 神楽島へ ―

 挿絵(By みてみん)

 神崎美希はフェリーの手摺に身を預け、ぼんやりと海を眺めていた。

 真夏の陽射しにきらめく海面は、まるで宝石を散りばめたようだったが、美希の心はどこか冷めていた。


 彼女は――孤児だった。


 3か月の赤子のとき、母親が息を引き取った姿の傍らで見つかったという。

 警察の報告書にはこう記されている。

「発見時、母親は死後1週間経過。赤子は栄養失調状態だが生存」


 父の名は、どこにも書かれていなかった。

 親族もいない。

 それから彼女は、児童養護施設を転々とする日々を過ごした。


 夜、部屋の天井を見上げては、想像した。

 ――お母さんはどんな声をしていたんだろう。

 ――お父さんは、本当にこの世にいなかったのかな。


 中学生になる頃には、そういう空想をするのもやめた。

 どれだけ考えても答えは出ないし、考えたところで何も変わらなかったからだ。


 高校進学の時期になったとき、彼女は一通の差出人不明の手紙を受け取る。その中には一枚のチラシが入っていた。


『八幡学園高等学校 授業料無料 家柄不問 全国から生徒募集』


 まるで希望そのもののような言葉が、彼女の目に飛び込んできた。

 「授業料無料」という文字は、孤児院暮らしの彼女にとって魔法の呪文だった。


 スマホで見た説明会で流れた映像の中、学園長の 八幡龍一郎 がゆっくりと語った。


「この学園は、家柄も貧富も問わない。誰にでも、平等な未来を掴むチャンスを与える。

ここに来た者は――必ず“何か”を手にして帰るだろう」


 その言葉に、美希は心を揺さぶられた。

 孤児として何も持たずに生きてきた自分にも、ようやく手を伸ばせば届く未来がある――そう思ったのだ。


 だが、本音を言えば、不安もあった。


 南の島にある全寮制の学園。

 見知らぬ土地、見知らぬ人たち。

 もし、そこで自分がまた「孤立」したら?


 だけど、美希はその不安を振り切るように、入学の願書を送った。

 そして今、彼女はフェリーのデッキに立っている。


 潮風が頬をかすめ、少しだけ髪を乱した。

 けれども、美希は直そうともしない。

 彼女の瞳は、遠くに見える島影をじっと見つめていた。


 ――ここから、私の新しい人生が始まる。


「やぁ、君も八幡学園高等学校の生徒?」


 見るからに軽そうな男の子が美希に声を掛けてきた。

 美希が答える間もなく、男の子は話し始める。


「学校は九月からだぜ……まだ、早いんじゃないの?」

「わ、私、孤児だから……何処にも行く所がなくて……」

「実は、俺もそうなんだ。俺、帯刀健人(たてわきけんと)、よろしく……同じ八幡学園高等学校の生徒さ……」

「そうなんだ……本当は近くの高校に行きたかったけど、行けなくて、早く施設を出ていけって……そしたら……」

「わぉ、俺も一緒だよ……出ていけってさ……そしたら、八幡学園から寮に入ったらって連絡もらって……」


 美希は驚いた。同じように寮に呼ばれた子もいたんだ。私だけじゃない……


「健人……また、ナンパかよ。お前に気のある女の子なんていねぇよ……」

「そうでもないんじゃない。あ、コイツは鹿島甲(かしまこう)。俺の友達だ……そういや、君は何て言う名前……」

神崎美希(かんざきみき)……貴方も高一?」

「入学式に出るから高一だわな……」


 男の子二人に囲まれ、美希は少しだけ引いた。もし、ヤバい相手なら、どうしようと悩む。


「何、男二人でがっついているわけ? 離れなさい……怖がっているじゃない……」


 三人に割り込んで来たのは金髪のモロにハーフの女の子……同い年かな?


「優かよ……お前には関係ないだろう……」

「そう……なら、貴方のパパに言いつけちゃおうかな……」

「うっ……」


 優と呼ばれた女の子に話しかけた甲は顔を青くした。パパが怖いのだろうと言う事は一目瞭然だ。

 とにかく、私を含めて四人は八幡学園高等学校の新入生と言う事だ。しかも、入学式前に寮に入る特別組のようだ。

 健人と名乗った男の子は、ポケットからメジャーを出すと美希の足元から距離を計り始める。


「なぁ、優……どのくらい離れたら良いんだ……」

「はぁ……何を言っているの……分かったわ……貴方は危なそうだから二十メートル以上は離れなさい……」

「でも、このメジャーは五メートルしかないんだけど……」

「いい加減にしろっ!」


 優は真っ赤な顔をして健人に食ってかかる。美希は思わず笑ってしまった。その後で顔を押さえる。もしかして、ヤバいかも……

 でも、それは取り越し苦労だった。健人は美希を指さして言う。


「あっ、笑った。笑った……君って笑えるんだ……」

「当たり前じゃない……私だって人間なんだから……」

「そうか? 実は吸血鬼だったりして……」

「そんなわけ、あるわけないじゃん……」


 美希はふくれっ面をする。でも、そんな自分が可笑しくて、思わず吹き出してしまった。


「なんだ……仲良いじゃん……俺は仲間外れってか?」

「甲、そうじゃないって……そうだ、コイツの親父は偉いんだぞ……」

「それは言うなよ……」

「良いじゃんかよ……コイツの父親は鹿島順……あのテレビに良く出ている官房長官だよ……」

「ええっ……あの上流階級のおぼっちゃまくん?」

「その「おぼっちゃまくん」と言うのはやめてくれない……」


 因みに「おぼっちゃまくん」と言うのは、かの超有名人小林よしのり先生の偉大なる児童漫画の金字塔である。


「あ、どうも、すみま千円……」

「ハイハイ、千円ね……はい、これで……って、やらせるのかいな……」

「お前だって言えた義理ないぞ……」

「もう、男二人して……とにかく四人は「ともだちんこ」と言う事で……」

「優、お前は女だろうが……お前は入ってくんなはれ……」


 健人はヒラヒラと手を振りながら言う。その格好に、思わ美希は腹を抱えて笑いそうになった。

 今までの孤独が嘘のようだ。まるで場違いの雰囲気に美希は目を輝かせた。


「それじゃ、俺から自己紹介するよ……」


 そう言ったのは健人だった。


「俺は帯刀健人……天涯孤独の独り者。今は、鹿島ん所に居候してる……」

「天涯孤独?」

「あぁ、両親は俺を施設の前に捨ててドロンさ……そして、帯刀家の養子になったんだけど……事故で皆、死んじゃってさ……」

「私もよ……私も父親に捨てられて……」

「そうなんだ……似た者同士って事かな。母親は?」

「死んじゃったの……私は、その時、傍で泣いていたらしいの……」

「辛かったな……まぁ、俺も同じだっ……天涯孤独者同士って……」

「あら、そう言うなら私もよ……」


 君島優……彼女は嘗て、テレビを騒がせた霊媒師「君島薫」の娘だと言う。「君島薫」は会った人の心の中が読めると言う力があると言う噂だったが、二年前にハワイで惨殺されていた。その犯人は未だに捕まっていない。


「それに、私のママは未婚で……だから、私のパパは誰か分からないの……」

「でも、君島さんは見るからにハーフっぽいし、お父さんも外国人では?」

「何を言ってるの……私のママもハーフよ……」


 そうだった。確かに君島薫もハーフだった。そんな事も、二年の間には忘れてしまうような事なのだ。


「私も健人と同じ、鹿島家に居候よ……鹿島家では困った人には親切にするらしいの……だからって、いつまでも御厄介になってばかりじゃ……」


 と、言う事で健人と優は、タダで学校に行ける「八幡学園高等学校」に入学する事になったのだ。しかし、予定外の荷物が増えてしまったのだ。


「そしたら、コイツが……甲が『僕も行く』ってきかないから……」

「別に良いじゃん……」

「コイツさ……中学の時から虐めにあっててよ……」

「言うな、言うな……これは言わないって約束だよな……健人……」

「……あぁ、分かった。分かった……」


 美希は、ふと気づいた。ずっと暗い性格のせいで友達なんていなかった。こんな笑いあえるなんて思ってもいなかったのだ。


 四人の話は弾み、そして時間はあっという間に過ぎていく。


「見えたよ……あれが……神楽島……」


 フェリーのデッキから、神楽島の輪郭がはっきり見えてきた。

 エメラルドグリーンの海に浮かぶ白い砂浜。空は青く澄み渡り、入道雲がもくもくと広がっている。

 港には真新しいターミナルビルと、まるでリゾートホテルのような建物が並んでいた。

 

「南の楽園」――八幡学園のパンフレットに書かれていた言葉を、美希は思い出した。

 

 けれども、島の奥に目を向けた瞬間、背筋に小さなざわめきが走った。緑深い山々の中腹に、奇妙に黒い影を落とす建物がひとつ、遠くに見えたのだ。


 それは、これから始まる物語の前兆に過ぎなかった。


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