第8話 ダンジョンの奥から「定時」の声!?コボルトのフーガ(後編)
佐倉の言葉に、「定時」という響きに、コボルトのリーダーは目を奪われていた。
他のコボルトたちも、普段の厳しい環境ではありえない「休息」と「安定」という概念に、ざわめきと好奇の視線を佐倉に向けている。
彼らはこれまで、ダンジョン奥深くでの危険な採掘作業と、いつ尽きるか分からない食料の調達に追われ、常に飢えと疲弊と隣り合わせだった。佐倉の提示する「ホワイトファーム」の理念は、彼らにとって、まさに夢物語のような誘いだったのだ。
「フン……本当に、そんなことが……。」
リーダーのコボルトは、疑念を口にしながらも、その目は佐倉が示す未来に吸い寄せられているようだった。佐倉は、そのコボルトの心に「秩序」と「効率」を重んじる特性があることを、『共感の響き』で感じ取っていた。これは、前世で佐倉がプロジェクトを立ち上げる際、いかに相手のビジネスインサイトを掴み、具体的なメリットを提示して巻き込むか、という「社畜スキル」の応用だった。
「俺は嘘はつかない。このダンジョンを、誰もが定時で上がれる、最高の農場に変える。そのために、君たちの力が必要なんだ。君たちは、このダンジョンの地形や資源に詳しい。それに、その採掘技術も素晴らしい。君たちの能力を、もっと安全に、もっと効率的に活かせる場所が、俺のホワイトファームにはある。」
佐倉は、彼らの持つ潜在能力を見抜き、具体的な役割を提示した。
ギルが隣で、佐倉の言葉を理解しているかのように「グガッ!」と相槌を打つ。
ピチャも佐倉の足元で、ぷるぷると喜びの波動を発していた。魔物たちが佐倉に抱く、揺るぎない信頼が、コボルトたちの疑念の氷を溶かしていく。
彼らの目には、ゴブリンやスライムといった、普段は縄張り争いの対象であるはずの魔物たちが、佐倉という人間のもとで穏やかに、そして満たされた表情で存在していることが映っていたのだ。
リーダーのコボルトは、佐倉、そしてギルとピチャの穏やかな様子をじっと見つめた。
彼らの間にある、種族を超えた信頼関係を目の当たりにし、彼の心は揺れ動いた。
コボルト族は、その本質として、規律と共同体を重んじる。彼らの社会は、厳格な階級と役割分担によって成り立っている。
しかし、ダンジョンの過酷さは、その規律を時に破り、食料を巡る争いを強制することもあった。
佐倉の言葉は、フーガの心に、彼らが本来持つべき理想の共同体、その可能性の光を灯したのだ。
そして、決意を固めたかのように、深々と頭を下げた。
「わ、分かった……。もし、本当にそのような場所があるのなら……我々コボルト族の長、フーガが、お主の言葉を信じよう……! このフーガ、そして我が一族、お主の『ホワイトファーム』なる場所に、この身を捧げよう!」
フーガと名乗ったコボルトのリーダーから、佐倉の『共感の響き』に、確かな「忠誠」と「新たな希望」、そして「長年の苦労からの解放」という、複雑だが力強い感情が伝わってきた。
こうして、ホワイトファームに記念すべき第三の魔物従業員、コボルトのフーガとその一族が加わることになった。彼らの目は、新しい未来への期待に輝いていた。
佐倉は早速、フーガたちをホワイトファームへと案内した。鬱蒼としたダンジョンの森を抜けた先に広がる、浄化された広大な農地、青々と茂る作物、そして穏やかに草むしりをするギルと、土に溶け込むピチャの姿に、フーガたちは驚きと感動の声を上げた。
「ガウ……! ここが……ダンジョンだと申すのか……!?」
コボルトの一匹が、信じられないというように呟いた。
彼らが知るダンジョンは、常に危険と隣り合わせの殺伐とした場所だったからだ。
特に、定時に休憩を取るギルの姿を見たときには、「テイジ!」と声を揃えて驚いていた。
佐倉が懐中時計を見せながら、「定時だぞ、ギル!」と声をかけると、ギルは嬉しそうに作業を中断し、佐倉の元へ駆け寄る。その様子は、フーガたちの目に、まるで夢のような光景として焼き付いた。
「……我らコボルト族も、毎日そのような生活を送れるのか……?」
フーガの問いに、佐倉は力強く頷いた。
「ああ、もちろんそうだ。フーガ、君たちには、ホワイトファームの『探知・資材調達担当』として働いてほしい。君たちの鋭い嗅覚と聴覚、そしてダンジョンに関する知識は、このファームにとって何よりも貴重な資源になる。」
佐倉は、フーガの持つ特性を最大限に活かす役割を明確に割り振った。
「具体的には、ダンジョン内の隠された鉱脈や、薬草、特殊な木材など、ファームの運営に必要な希少な資材を探し出してほしい。危険な場所に無理に入る必要はない。安全な範囲で、効率的に調達すること。そして、これは最も重要だが、どんな作業中でも、必ず『定時』になったら休むことだ!」
フーガは、佐倉の言葉を真剣な表情で聞き入っていた。
彼らのコボルト族は元々、秩序を重んじ、規則正しい生活を好む傾向があった。
彼らの社会には、それぞれの役割をきっちりとこなす文化がある。
しかし、ダンジョンの過酷な環境では、その特性を活かす機会が少なく、常に飢えや外部の魔物との争いに翻弄されてきたのだ。佐倉の提示する働き方は、まさにフーガたちの本質に合致していた。
それは、単なる労働ではなく、「生き方」そのものに光を当てるものだった。
『ガルルル……(安心しろ、佐倉! 我が嗅覚と聴覚、そして一族の知恵、全てをホワイトファームのために尽くそう! 定時、理解した! 我らコボルト族の誇りにかけて、最高の資材を見つけ出して見せよう!)』
翌日から、フーガとその一族の活躍は目覚ましかった。
彼らは、佐倉が漠然と求めていた「土壌改良に最適な特殊な鉱物」や、「強靭な防衛柵の材料となる硬質の木材」、さらには「解毒作用のある薬草」など、ホワイトファームの発展に不可欠な資源を、驚くほどの速さで探し出してきた。フーガの嗅覚は、通常では人間では見つけられないような地下水脈の場所や、高栄養価のキノコが自生する場所までも正確に探り当てた。彼らは、佐倉の指示を完璧に理解し、時には佐倉が思いつかないような効率的な調達ルートまで見つけてくる。
佐倉は、フーガたちが持ち帰ってきた資材の量と品質、そしてその効率性に舌を巻いた。
「これはすごい! こんな資材があれば、もっと頑丈な倉庫が作れるし、水路もさらに大規模に整備できる! まさに痒い所に手が届くとはこのことだ!」
ホワイトファームの設備は、フーガたちの協力により、劇的に強化され始めた。
農場の周囲には、硬質の木材で作られた頑丈な柵が巡らされ、資材置き場は効率的に区画整理された。
もちろん、佐倉はフーガたちにも絶品作物を報酬として与えた。
初めて味わう瑞々しいトマトや、肉厚なキノコに、フーガたちもまた、感動で体を震わせた。
彼らは、これまでのコボルトの食料といえば、ダンジョンに落ちている虫や、わずかな果実が主だった。
佐倉の作物は、彼らの舌に、そして心に、文字通り「豊かさ」の味を教えてくれたのだ。
『ガルルル……(こんな美味いものが、定時に食えるとは……! 佐倉様、万歳!)』
彼らの心には、かつてないほどの充足感と、佐倉への深い信頼が芽生えていた。
佐倉のホワイトファームは、ギル、ピチャ、そしてフーガという、それぞれの特殊能力を持つ魔物従業員たちの協力によって、単なる農場を超え、高度に効率化された「共生エコシステム」へと進化を遂げつつあった。それは、人間が魔物を一方的に利用するのではなく、互いの能力を尊重し、共存することで、より豊かな社会を築き上げるという、佐倉の理想が形になり始めた瞬間だった。
ダンジョンの奥深くで、人間と魔物が手を取り合い、理想の「ホワイト」を築き上げるという、前代未聞の挑戦が、着実にその実を結び始めていた。
お読みいただきありがとうございます。
もっと読んで見たいと思っていただけましたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】評価ボタンでお気軽に応援していただければ幸いです。
また、ブックマーク登録や感想も日々のモチベーションアップになります。
よろしくお願いいたします꧁꧂