第12話 ゼフィールによる水利革命!知的な魔物の参入
佐倉が差し出したトマトは、清らかな生命力と、食欲をそそる芳醇な香りを放っていた。
リザードマンのリーダーは、佐倉の目から嘘偽りのない「協力」と「共存」の感情を読み取ろうとしているかのようだった。その鋭い眼光は、トマトと佐倉を交互に捉え、僅かな危険信号も見逃すまいと警戒していた。
彼らの部族は、このダンジョンの水脈を長きにわたり守り、その恩恵を享受してきた。
外部の存在が、この聖域に近づくこと自体が、彼らにとって由々しき事態なのだ。
やがて、リーダーのリザードマンは、静かに佐倉の差し出したトマトを受け取った。
その肌は青緑色に輝き、鱗の一つ一つが水の粒子を弾いているようだった。
彼がトマトを口にすると、その硬質な表情に、驚愕の色が浮かんだ。彼の脳内から、佐倉の『共感の響き』に、純粋な「美味い……!」「信じられないほどの清らかさ」「これは、水の恵みにも似た輝きだ」という、深く感動した感情が流れ込んできた。
『……信ジラレヌ。このダンジョンに、かくも清らかな食物が存在するとは……。我らリザードマンの長、ゼフィールが、お主の言葉に耳を傾けよう。』
ゼフィールと名乗ったリザードマンは、槍を下げ、佐倉に正面から向き合った。
その感情からは、警戒心は残しつつも、佐倉が持つ「浄化の力」と「食料の生産能力」に対する明確な「興味」が伝わってくる。
佐倉は、ゼフィールにホワイトファームの現状と、今後の水利整備の必要性を説明した。
「我々のホワイトファームは、現在、ギル、ピチャ、フーガ、そしてガッシュという仲間たちが、それぞれ得意な分野で活躍してくれている。だが、この広大な農地を効率的に潤すには、あなた方リザードマンの持つ水利に関する知識と技術が不可欠なんだ。」
佐倉は、懐中時計を取り出し、「定時退社」「残業なし」「美味い飯」というホワイトファームの理念を説いた。
「あなた方も、このダンジョンの奥で、常に警戒し、水路を守るという終わりなき労働に疲弊しているのではないか? ホワイトファームに来れば、危険な番の仕事から解放され、安定した環境で、毎日腹いっぱい美味いものが食べられる。そして、あなた方の優れた水利の知識を、より安全に、そして『定時』という明確な区切りの中で活かすことができるんだ。」
ゼフィールは、佐倉の言葉、特に「定時」「安全」「安定した食料」という概念に、深く耳を傾けていた。
リザードマン族は、水の流れや自然の法則を深く理解し、秩序を重んじる知的な種族だ。
彼らは、常に変化するダンジョンの水脈を管理し、時に洪水や水枯れといった自然の脅威と戦いながら、自らの居住地を守ってきた。その労働は、決して終わりが見えないものだった。
佐倉の提示する「安定」と「効率」の概念は、ゼフィールにとって、彼らの社会が抱える根源的な問題への解決策のように響いたのだ。
『フム……。水路の構築、水流の制御、そして水質管理。これらは我らリザードマンの得意とするところ。しかし、このダンジョンの澱んだ水を、貴殿は本当に清められるというのか? 我らの一族が、永劫の時をかけても完全に浄化しきれなかったこのダンジョンの水流を……。』
ゼフィールの感情には、佐倉の言葉への「期待」と、これまでの自分たちの努力が無駄になることへの「不安」が入り混じっていた。佐倉は、その不安を払拭するように、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「ああ、できる。俺には『アース・エンリッチメント』というスキルがある。君たちがこれまでどれだけ努力しても叶わなかった水の浄化も、俺のスキルがあれば可能だ。そして、君たちの水利の知識と俺の浄化能力が組み合わされば、このダンジョンの水脈を、文字通り『清流』に変えることができるだろう。それは、ホワイトファームだけでなく、このダンジョン全体の環境をも変える、大きな力になるはずだ。」
佐倉は、ゼフィールとその一族に、実際に『アース・エンリッチメント』で、近くの淀んだ水を清らかな水に変えてみせた。汚れた水が、まるで奇跡のように透き通った光を放ち、澄んだ状態へと変化していく光景に、リザードマンたちは息をのんだ。彼らは、水に最も親しむ種族であるからこそ、この変化がどれほど驚異的であるかを理解できたのだ。
『お主の言葉、信じよう! 我らリザードマンの一族、お主の『ホワイトファーム』に協力しよう! 我らの水利の知識と技術、全てを貴殿に捧げよう!』
ゼフィールは、佐倉に深く頭を下げた。彼の『共感の響き』には、佐倉への深い「尊敬」と「感謝」、そして「新たな使命への喜び」が満ち溢れていた。こうして、ホワイトファームに第五の魔物従業員、リザードマンのゼフィールとその一族が加わることになった。
佐倉は、ゼフィールとその一族を「水利管理・漁業担当」に任命した。彼らは、即座にホワイトファームの現状を把握し、佐倉の指示と、彼らが持つ水に関する専門知識を組み合わせ、効率的な水循環システムの構築に着手した。
ガッシュ率いるオーク族が、ゼフィールの指示に従って新たな水路を掘り、フーガたちコボルト族は、水路の補強に最適な石材や、水質を安定させる特殊な鉱物を探し出す。佐倉は、水路の要所要所で『アース・エンリッチメント』を発動させ、水質を浄化し、流れを安定させた。
彼らの協力により、ホワイトファームの農地全体に、清らかな水が安定して供給されるようになった。
さらに、ゼフィールは浄化された水路に、ダンジョンに生息する魚介類を繁殖させるアイデアを提案。
彼らの知識と佐倉のスキルが合わさり、ホワイトファームは「畑」だけでなく、「漁業」という新たな食料源も手に入れたのだ。
リザードマンたちは、豊富な水産資源を管理し、その一部をホワイトファームの食料として供給することで、定時で働きながらも、自らの文化や知識を存分に活かすことができるようになった。
佐倉のホワイトファームは、知的な魔物が加わることで、その運営がより高度化し、複雑なシステムを効率的に回せるようになった。
異なる種族の魔物たちが、それぞれの特性を活かし、協力し合うことで、ダンジョンという過酷な環境の中で、まさに「奇跡の農場」を築き上げていく。