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社畜の天職はダンジョンファーマーでした  作者: 御歳 逢生
第1章 転生、そしてダンジョンを開墾してホワイトファームへ!
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第9話 巨大な影、オークのガッシュと「力比べ」の交渉術


ホワイトファームは、佐倉、ギル、ピチャ、そしてフーガとその一族という、それぞれの特性を持つ魔物従業員たちの協力によって、目覚ましい発展を遂げていた。畑は日ごとに広がり、多様な作物が豊かに実り、資材の調達も順調に進んでいた。佐倉が持つ『アース・エンリッチメント』と『グリーンサムズ・ブースト』というチートスキルは、魔物たちの労働力と相まって、ダンジョンという過酷な環境を、まさしく「楽園」へと変貌させていた。


そんなある日、佐倉はさらなる農地拡張のため、フーガが探索で見つけ出した、周囲よりも特に肥沃な土壌を持つエリアへと赴いた。そこは、これまでの開墾地よりもダンジョンの奥深く、巨大な古木が鬱蒼と茂り、地面には太い根が網の目のように張り巡らされていた。ギルとフーガの一族が、佐倉の指示でその根を抜き、石を運び出す作業に取り掛かっていたが、その規模はこれまでとは比べ物にならないほど巨大だった。


「この根は強固だな……ギル、もう少し奥を掘り起こしてくれ!」


佐倉が指示を出すと、ギルは「グガッ!」と気合を入れ、渾身の力で棍棒を振るう。しかし、その根はびくともしない。フーガたちも鋭い爪と牙で根に挑むが、やはり太刀打ちできない様子だった。


(これは、俺の『アース・エンリッチメント』だけでは難しいか……)


佐倉は、スキルの魔力消費を抑えるため、できる限り物理的な作業は魔物たちに任せていた。

だが、ここまでの巨大な障害となると、さらなる「重労働」を担える人材……いや、「魔材」が必要だと直感した。


その時、地面がズシン、ズシンと規則的な振動を始めた。

地響きと共に、鬱蒼とした木々の奥から、漆黒の巨大な影が姿を現した。

それは、佐倉の身長を優に超える巨体を持つ、黒い体毛の魔物――オークだった。

鋭い牙が口元から覗き、血走った眼は、明らかに佐倉たちを「侵入者」として捉えている。

手には、粗雑ながらも巨大な石斧を握っていた。


「グオオオオオオオオオオッッ!!!」


オークの咆哮がダンジョンに響き渡り、佐倉の『共感の響き』に、明確な「敵意」と「縄張り侵犯への怒り」が津波のように押し寄せた。ギルもフーガたちも、一瞬にして動きを止め、恐怖と警戒の感情を露わにする。彼らが普段、ダンジョンで最も恐れる存在の一つが、オークだった。


「て、敵じゃない! 俺たちは、ただ……。」


佐倉が言葉を発しようとするが、オークはそれを遮るように、さらに一歩踏み出した。

その威圧感は圧倒的で、佐倉は思わず息をのんだ。


『キサマら、何者ダァ! 我ラノ縄張リヲ荒ラス気カッ! ゴブリンとコボルトを従エテイルダト……。まさか、ワレラノ食料を狙ッテイルノカッ!?』


オークの言葉は、これまでの魔物よりもはるかに明確で、意思がこもっていた。

佐倉は、その知能の高さに驚きつつも、彼が最も気にしているのが「食料」と「縄張り」であることを読み取った。前世の「競合他社とのプレゼン」や「新規顧客の獲得」の場面が頭をよぎる。これは、力でねじ伏せるのではなく、交渉で勝負すべき相手だと佐倉は判断した。


「待ってくれ、俺たちは食料を奪いに来たんじゃない! むしろ、食料を『作る』ために来たんだ!」


佐倉は、ゆっくりと両手を広げてみせた。武器を持っていないことを示すためだ。


「俺は佐倉優。この土地を、みんなが飢えることなく、毎日美味いものが食べられる『ホワイトファーム』に変えようとしている。」


オークは、佐倉の言葉に一瞬だけ動きを止めた。その目は疑念に満ちている。


『フン……シラジラシイ! この不毛な土地で、食料だと? その貧弱な体で、一体何ができるというのだ!』


オークの言葉からは、佐倉の体の細さに対する侮蔑と、ダンジョンの過酷さに対する諦めのような感情が読み取れた。


佐倉は、ここで「力比べ」をするのは賢明ではないと判断した。

オークの腕力は、明らかに自分を凌駕する。

だが、佐倉には「スキル」という、この世界では理解され得ない最強の武器がある。


「確かに、俺の腕力は君には敵わないだろう。だが、俺には君たちにはできないことができる。力比べではなく、『畑仕事の効率勝負』をしないか?」


佐倉は、不敵な笑みを浮かべた。オークの目は、佐倉の提案に興味と困惑の色を浮かべた。


『畑仕事の効率勝負……だと? それは、一体どういう意味だ?』


「簡単だ。この目の前にある、お前たちでも抜けなかった巨大な根っこ。これを、俺がどれだけ速く、どれだけ広範囲に、農地として使えるように変えられるか。そして、その土地でどれだけ美味い作物を、どれだけたくさん実らせられるか。それが勝負だ。」


佐倉は、懐から、昨日収穫したばかりの特大で真っ赤なトマトを一つ取り出した。

そのトマトからは、清らかな生命力と、食欲をそそる芳醇な香りが漂い、ダンジョンの澱んだ空気に鮮やかな彩りを加えた。


「そして、これがその報酬だ。これを食べれば、もう飢えに苦しむことはなくなる。最高の食料を、毎日腹いっぱい食べられる場所。それが俺のホワイトファームだ。お前も、これを食べたいだろう?」


オークの目は、トマトに釘付けになった。

彼の脳内から、驚きと、そしてかすかな「興味」と「食欲」の感情が波のように押し寄せてくる。

飢えに苦しむ魔物にとって、佐倉が提示する「最高に美味い食料」という報酬は、何よりも抗いがたい魅力だった。


『……そのトマト、食ってみてもいいのか?』


オークの威圧感が、わずかに和らいだ。佐倉は、ゆっくりとトマトをオークに差し出した。


「どうぞ。そして、この勝負、受けて立つか?」


佐倉の交渉術は、前世のプロジェクトで培われたものだ。相手の最も欲するものを提示し、自分の強みを最大限に活かせる土俵に引きずり込む。肉体的な力ではなく、「生産力」と「食料」という根源的な価値で勝負を挑んだのだ。


オークは警戒しながらも、ゆっくりとトマトに鼻を近づけた。

その巨体が、わずかに震えている。

彼は、トマトから放たれる生命力と、食欲をそそる香りに、抗えない魅力を感じているようだった。


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