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9 永遠の秘密


 私は一ヶ月の間、昏睡状態だった。一命は、取り留めたものの意識が戻らず寝たきりのまま一生を過ごす可能性もあったらしい。

 生きた死屍しかばねとして生涯を終えるのだ。

生命維持装置をストップさせれば、この命は尽きた。 延命処置の選択が母に託されたが母は頑として譲らなかった。


「絶対に目を覚ます。娘は眠っているだけだ。」


と…。それは母の切実な願いだったのだろう。

 相次ぐ家族の死は母に取って耐えがたい事だったに違いない。私は母のそんな思いもかんがみず父の元へ行く事を望んだのだ。相変わらず親不孝な娘だ。

 二ヶ月して退院した。右脚を骨折していたので、しばらくは松葉杖が無ければ歩けない。腰と首も痛む。頭も酷く打ち付けていた。

 外傷は残るらしいが命には変えられない。そんな物は取るに足らないものだ。問題は中身の方だ。

 脳に、かなりの衝撃を受けていた。この後遺症が一番心配された。脳波検査なども、されたが今のところ異常は無かった。

 しかし、それは医学的観点からの判断だ。

私は意識が戻ったあの日から不思議な体験をする様になった。

 それは医師にも母にも伝えていない。これは脳に何らかの影響が起きているのではないか?そう思ったが私は、その事を誰にも話さなかった。

 

 

 毎晩、義父が夢に現れるようになったのだ。



「愛ちゃん。ただいま。帰ってきたよ。

やっと愛ちゃんの願い。叶えてあげられたね。」


 そう言いながら優しく抱きしめてくれたのだ。私は嬉しくて、養父にしがみついて泣きじゃくった。

 目が覚めると顔中、涙でビショビショになっていた。付き添ってくれていた母がそれをティッシュで拭ってくれた。


「愛子。何かイイ夢、見たの?

泣いてるから心配したら

あなたニコニコ微笑んでるから

逆になんだか怖くなったわよ。フフフッ。」


そう言って、笑いながら和ませてくれた。


「うん。良い夢、見ちゃった。

生きてて良かったなぁ…ってそう思った。」


 養父の夢を見たとは言わなかった。母には、やはり言えなかった。母は今度は自分の分のテイッシュを手にしていた。


「そっかぁ...良かった。本当に良かった。」


そう言いながら母は涙を拭った。



 

 退院してからも毎晩、父は夢に現れた。普通に会社から帰ってきて私が寝ているベッドの脇に来て、手を握ってくれた。


「愛ちゃん。まだ痛む?無理したら駄目だよ。」


と、気遣ってくれる。かつての優しさのままだ。少し歩ける様になると私の手を引いて散歩に付き合ってくれた。

 目覚めている時と眠っている時。私の二重生活が始まった。

 


 夢の中はあまりにもリアルだった。普通に生活していた。ただ一つ違っていたのは母が存在しなかった事だ。

 この残酷な母への仕打ちは私が望んだ事なのか。母には申し訳なかったが、私は、この夢の生活を大いに楽しんだ。

 そこでは私と義父は男女の関係になっていた。私は積極的に養父の事を求めた。

 元々血の繋がりは無いのだ。誰にも(はばか)る事は無かった。私の想いがやっと叶ったのだ。

しかし過去には養父を亡くした喪失感を紛らわす為に間違いを起こしそうになった事もあった。それなりの関係の男性もいた。

でも最後の一線だけは、どうしても超える事が出来なかった。やはり養父への思いが強過ぎたのだ。

思わせ振りな態度をしていたかもしれない。付き合ってくれたひとには申し訳なかったと今更ながら思っている。



私は段々、夢と日常の生活のどちらが現実なのか判らなくなっていた。

それでも、その現実と虚構の狭間でも揺るぎないものが、あった。

それは養父と居られる時間と場所こそが私の本当の世界なのだ。それだけは間違いなかった。

私は養父を愛している。それも揺るぎない事実だ。



今夜も夢で逢える。


強く念じ無くても眠りに付きさえすればいいのだ。


自然に遂行されるその営みは、


これからも毎日、繰り返されて行くだろう。


私はこの事を誰にも話していない。


母にさへも。


これは私と養父だけの秘密なのだから


永遠の秘密なのだ。





終わり

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