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8 二十歳の誕生日


 私は今日20歳になった。命日には、まだ早いが義父のお墓にお参りにきた。

 私は、養父が亡くなった、あの日から何ヶ月も絶望と喪失感に苛まれていた。

 あの誕生日の日。悪巧みに失敗して私は養父への想いに蓋をして自分の気持ちを偽ってきた。そして他の男性と付き合い。気を紛らわしたりもした。

 しかし養父の死によって改めてその深い想いを実感したのだった。

 母の悲しむ姿も痛々しかったが、二人して何とか支え合って暮らしてきた。義父の残してくれた財産と保険金で生活はできていたが、お金では養父の存在を埋めることは出来なかった。

 

 養父の墓前で手を合わせた。重ねた手の平の間には小さな紙切れがあった。義父がくれた誕生カードの半分だ。

 私は義父の棺にカードを納めようとしたが、結局折り目から半分に破り一枚は棺に納め、もう一枚は手元に置いていた。

 

これが私にとっての養父のたったひとつの形見だった。


 私はカードを持ち、義父の亡くなった場所へ向かった。あの事故の後、母と一度だけ花を手向けに来たが、その後は再び訪れる事は無かった。

 父の亡くなった瞬間を想像して恐ろしさと悲しさが一気に押し寄せてきたのだ。

 怖くて二度と来ようとは、思わなかった。


 今日は覚悟を決めて、ここに来た。もう、区切りを付けなくては、ならない。いつまでも悲しんでいたら養父も、うかばれないだろう。

 事故現場近くの花壇に花束が手向けてあった。母がお参りに来たのだろう。母は何度もここに訪れていた。

 私は母から誘われても行く気には、ならなかった。母も気持ちを察してか無理強いは、しなかった。

 腰を落として小さな花束を添えた。そしてお祈りをした。


「パパ。私、二十歳になったよ。

誕生日のお願い一度も、しなかったね。 

でも後一回、残ってるよね。

お願い叶えてくれるよね。

最後に一度だけ。

パパに会いたい。

お願い私の願い叶えて.....」


 そう言いながら涙が止め度無く溢れた。握ったカードがクシャクシャになっていた。

 幼子のような事を思わず言ってしまった。そんな願いは叶う筈が無かった。

 養父が出来る限りの事を叶えてくれるカードだったのだから。

 そんな事は分かりきっていた。

死者を蘇らせる事など出来る筈が無かった。



 ひとしきり泣いてハンカチで涙を拭うと、交差点に向かって歩いた。何でもない日常がそこにはあった。横断歩道に差し掛かった所で信号が青になり、そこを渡る事にした。

 その瞬間だった。突然強い衝撃を腰や胸に受けた。あっと言う間だった。信号無視の車が私を跳ねたのだ。

 そのまま私は空中に舞った。スローモーションの様に景色が流れて行く。

 その直後、過去の記憶がフラッシュバックされた。実父の死。養父との出会い。あの雨の日のキス。父の寝室に忍び込んだ夜。最後に母の顔が浮かんだ。

 その直後、私は激しくアスファルトに叩きつけられた。頭を打った様だ。血が流れ出したのを感じた。

 


ボーン、ボーン


 突然、あの古い柱時計の鐘の音が鳴り始めた。記憶の痕跡か。鼓膜の奥なのか。胸の内なのか。

 薄れ行く意識の中でバースデーカードが蝶の様にヒラヒラと風に舞っているのが見えた。


「パパ。これでパパにまた逢えるね。

私、嬉しいよ。願いが叶うんだね。」


そして最後の鐘が鳴った。


"ボーーン"


 私は瞳を閉じた。

そして私の意識は無くなった。




 真っ白な雲の中の様な場所に私はいた。

誰かが遠くの方に立っている。薄もやが掛かってよく見えない。

 私は、もしかしてと胸騒ぎがして駆け出した。しかし思った様に前に進まない。(じれ)ったい程に距離は縮まらなかったが必死で走った。

 しばらくすると、もやが晴れその人物の顔が現れた。やはり養父だった。私は嬉しくて叫んだ。



「パパーッ!私、来たよー!

ずっと会いたかったよー!」


 しかし養父に笑顔はなかった。咎める様な顔をしている。そして両手の平を開げ、押し返す様な仕草をした。


「えっ⁉︎ パパ、帰れって言うの!

せっかく会えたんだよ。

私、死んでもいいよ。

パパと居られるなら。一緒なら。」


泣きながら走り寄ろうとしたが、一向に近づく事は出来なかった。

 すると養父の声が頭の中に直接、語りかけてきた。


「愛ちゃん。今は、生きなきゃだめだ。

まだそんなに若いんだ。

もっといろんな出逢いと経験が待ってるんだよ。

私は充分過ぎる程、幸せだったよ。

愛ちゃんとママに出会えて本当に幸せだった。

いつかまた、きっと逢えるからね。

ママの事、頼むよ。

愛ちゃん。愛してるよ。」


 養父が、また、うすもやに包まれていく。


(行かないでーっ!)


と叫んだが声にならなかった。追いかけても追いかけても進まなかった。

 私の回りにも、もやが掛かってきた。突然、足元が、すくわれた様になった。

 上も下も右も左も、分からなくなった。無重力とはこんな感覚なのか。そのまま意識が遠のいていった。

 


 

 夢でも見ていたのか。遠くで誰かの声がする。母の声だ。その声が段々近づいてくる。

 いや、私がそちらに向かっているのだ。水底から浮かびあがる様に光に向かっていく。

 突然視界が開けた。ここはどこだろう。蛍光灯が真上にある。部屋の中だ。

 突然、顔を覗き込まれた。母の顔が目前にあった。涙でクシャクシャになっている。何か、叫んでいる。 まだ、それを聞きとる事は出来なかった。程なく白衣を着た人達が、やって来た。

 医師と看護師だろう。医師は、私の顔を覗き込み看護師に何か指示をしていた。どうやら病院に入院したらしい。

 

事故にあった事を思い出した。


私は助かったのだ。


母が私の手を握り嬉し涙を流している。



続く

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