6 バースデーカードと魔法
遅く目覚めると布団に、くるまっていた。夜中に寒くて巻き付けたのだろう。寝ぼけていたのか、その記憶がない。いきなりクシャミがでた。
父が呼ぶ声がした。いつもと変わりないようだ。私は安心してリビングに向かった。
養父が朝食を作っていた。温かいスープとトースト。ハムエッグは養父の方は黄身が、くずれていたが私の方は黄身がプックリと真ん中にきていた。
養父のさりげない優しさがうれしかった。椅子に座るとテーブルの端にカードが、置いてあった。
(何故、ここに?)
まだ頭が回らない。
(そうだ!昨日!パパの部屋に...)
忘れていたのだ。
茫然自失で両親の寝室を出た後は何も考えられずボーッとしたまま寝入ってしまった。
(どうしょう、どうしょう?)
今から起きる事が怖かった。
「愛ちゃん...」
「えーと...えーと...」
言葉に詰まっていると養父が微笑みながら
「牛乳とオレンジ。どっちにする?」
そう、聞いてきた。
(フーッ)胸を撫で下ろした。
「オッ、オレンジ…」
そう答えると、養父はグラスとコーヒーカップをテーブルに置き席に着いた。
「愛ちゃん。風邪ひいたんじゃない。
クシャミが聞こえたよ。
昨日、海風が少し寒かったもんね。大丈夫?」
「ハハッ...大丈夫。大丈夫。」
そう答えた途端
「クシュン!」
また、くしゃみが出た。
「ほらぁ….」
そう言いながら養父が私の額に手を当てた。
手の平の温かさに昨夜の養父の温もりを思いだしカーッと熱くなった。
赤面していたかもしれない。
「うーん...あやしいな。少しあるかな?
後で体温計で測ってみよう。
まあ、とりあえず食べよう....いただきまーす!」
「いただきます…」
それだけ言うと後は無言で食事をしていた。
すると養父が話掛けてきた。
「そう言えばカード忘れてたよ。
テーブルの下に落ちてた。」
(いきなりキターッ!)
びっくりして喉が詰まりそうになった。
咳き込んでいると養父が立ち上がり背中をさすってくれた。そしてそのまま話始めた。
「愛ちゃん.....このカード。
ずっと持っていくれたんだね。パパ、嬉しいよ。
でも何か願い事があったんじゃないの?」
私は少し間を置いて答えた。
「そうだね。急に思い出してパパの部屋に行ったの。でも時計が鳴り出して...。時間切れになっちゃった。また来年お願いするね。」
そう言いながら作り笑いをしてごまかした。
すると養父が私の様子が少し変だと感じたのか…
「うーん。そうだ。
特別に今から願い事を叶えて、あげよぉ~!」
語尾が、おかしかった。魔法使いの真似事でもして、なごませようとしてくれたのだろう。でも私は、もう笑う事は、できなくなっていた。
私は急に立ち上がって言った。
「そんなの...そんなの...。全然、特別じゃないよ。」
言い終わる前にリビングを飛び出し階段を駆け上がった。部屋に入ると背中をドアに押し付けノブを強く握っていた。養父の足首がした。
「愛ちゃん!ごめんね。パパ気がつかなくて…。
昨日、ちゃんと聞いてあげれば良かったのに
本当にごめんよ。」
義父はドアノブに手を掛けては来なかった。養父の力なら易々と開けられたはずだ。でもそれをしなかった。
私は返事をせずカードを握りしめ泣いていた。少しして養父の階段をゆっくり下りる音がした。
私は力が抜けてその場に座り込み膝を抱えてカードを見つめていた。クシャクシゃになっていた。
養父は何も悪くなかった。私が自作自演で自滅しただけだ。勝手に悪だくみをして養父に相手にされず、ふてくされて…。
でも、あの日あの時あの一瞬だけが
特別な時間だった。
1秒でも過ぎたら魔法は解けてしまう。
全てが無になってしまう。そう思えたのだ。
しばらくして立ち上がると机の引き出しを開け
カードを一番奥に閉まった。
その後カードを取り出す事はなかった。
…あの日まで。
続く