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5 薄汚れたシンデレラ


 自宅に着いた。義父は、もう寝ているだろう。

私は自室のベッドに足を投げ出して、一枚のカードを見つめていた。

 シャワーを浴びたばかりで髪の毛がまだ濡れている。バスタオルを被って、しばらくの間じっとしていたが 唇をとがらせて「フーッ...」と、ひと息ついてから  ゆっくりとカードを開いた。


手作りのカード。きれいだけどカ強い字で綴ってある。



「愛ちゃんへ

12歳の誕生日おめでとう。

これからも ずっと仲良くしようね。

パパは いつでも愛ちゃんの味方だよ

パパより


 あの言葉が綴られていた。パパは始めから私の事を見守ってくれていたんだ。

 うれしくて、また涙が溢れてきた。バスタオルをまぶたに押し当て天井を仰いだ。

 ひとしきり泣いて、またカードを手にした。裏側にも大事な言葉が書いてあった。


「愛ちゃんの願いを誕生日の日に一つだけ

叶えてあげるカード」

有効期限 20才の誕生日まで」


 私は、このカードを持って両親の寝室に向かった。足音を忍ばせて階段を降りていく。

 廊下の奥の部屋のドアノブに手を掛けた。ゆっくり回すと「カチャ」と音がした。

 静かな廊下にその音が響いた。 一瞬ドキッとしたがゆっくりとドアを開けた。

 隙間から室内を覗くと父は、やはり寝ていた。物音を立てないように侵入した。養父の寝息が聞こえる

 カーテンは厚い布地の方は開けられたままだ。レースのカーテンから月の灯りが、さしていた。

 その夜は、満月だった。

 

 わたしが、小さな獣になった日だ。


 洋窓の格子の影が、養父の眠るベッドカバーに映っていた。養父を捕らえた牢獄の檻のようだった。

 逆光で養父の表情は見えない。ゆっくり足元に回ると月灯りが養父の顔を照らしていた。眉間にしわが寄っている。


「ううっ...」


 突然、義父の口から苦しそうな声が漏れた。

私は慌ててベッドの影に腰を落とした。心臓が、バクバク鳴っている。

 この音が養父の耳に届くのでは、ないかと心配になったくらいだ。

 胸を押さえ床に伏していると、すぐに、養父の寝息が、また聞こえてきた。少しいびきをかいていた。深い眠りに、入ったようだ。


「今しかない!」


 私は、そう気持ちを鼓舞して立ち上がり養父の表情を見ながら静かに近づいた。

 私は、まだ短い人生だったが、その生涯で一番の賭けに出た。

 ナイトライトのある小さなテーブルにカードを置いてワンピースのパジャマの裾に手を掛けると、それをゆっくり脱ぎカードの上に置いた。

 私は養父の顔を見下ろしながら下着を身に着けただけの姿で立ちすくんでいた。脚が、ガクガク震えて膝同士がぶつかっていた。ここにきて怖気おじけ付いてしまったのだ。

 その震えは全身に広がってきた。歯が耳障みみざわ)りなくらいカチカチと鳴っていた。慌てて歯を食いしばった。その行為で失くしていた勇気が、また戻ってきた。


「今しかない。今しかない...」


 心の中で、そう何度も、つぶやきながら掛け布団の裾を少しだけ開けて滑り込むようにベッドにもぐり込んだ。

 養父の体温がパジャマ越しでも素肌に感じられた。



 ひとしきりして、身体の体制を変え養父の脇下に手をもぐり込ませた。そして腕立て伏せの様な格好でひざ)を付き養父の顔を真正面から凝視した。


 まだ眠っている。意外と起きないものだと気持ちが大胆になってきた。

 ゆっくり静かに養父の身体に体重を預けた。そして温かい胸元に耳をあてた。


ドクン!ドクン!


 あの雨の日の養父に背負われて聴いた心臓の鼓動。 あの時よりも大きく聞こえる気がした。

 私の心臓の音と重なっていたのだ。


ドキッ、ドキッ、ドクン!ドクン!


 寸分違わぬリズムで共鳴し合っている。そう思うとまた、うれしくて涙が溢れてきて養父のパジャマの胸元にポトポトと落ちにじんでいった。

 それを人差し指でなぞっていると突然、養父が抱き付いてきた。驚いたが寝返りを打っただけだった。

 私を抱いたまま、それでも、まだ眠いっている。

すると養父が、何か寝言を言った。


「...あ...君枝...。」


その言葉だけ、ハッキリと聞き取れた。


母の名だ。


"キーン"と言う金属が響く様な音が脳内で鳴り響いていた。

  私の身体は硬直し急に体温が失われて行くように膝

から足首へと血液が下っていく様な感覚に襲われた。

立っていたら体重を支えられずガクッと崩れる様に倒れただろう。

震えが止まらず歯がガチガチと鳴り出した。奥歯を噛みしめると、ギシギシときし)んだ。

養父は今、母の夢を見ているのだ。その確信が私を一気に絶望の淵に追い込んだ。と同時にその奈落の底からメラメラと沸き立つ感情が心の全てを支配した。


「殺してやる....」


 誰に向けられた言葉だったのかわからない。

母なのか養父なのか..自分自身だったのか...。

 私は決心したように、養父に向かってつぶやいた。もう、声に出していた。


「パパ...約束、果たしてもらうよ。

私のお願い叶えて...」


 私は苦労して上下の下着を脱いだ。

そして、養父のパジャマを首近くまでまくり上げると馬乗りになり、養父の体に自分の身体を密着させた。

 頬ずりし唇を重ね舌をゆっくり滑り込ませた。歯の間を抜け"ザラッ"とした感触の後ようやく養父の舌に辿たどりついた。…反応はない。

 こんなに温かいのに死体といるようだ。背中を冷たいものが走り抜けた。

 私は何をしているのか?何がしたいのか?何も浮かばなかった。養父のパジャマの裾を握り締めた拳が震えていた。

 その時リビングから聞き慣れた音が鳴り始めた。年代物の時計が12時の鐘を打ち始めたのだ。


"ボーン、ボーン"


かすかに聴こえてくる。

私は何かにかされるように養父に、またキッスしたが、もう唇を重ねただけだった。


"ボーン"


最後の鐘が鳴った。




静寂が戻ってきた。シーンと静まり帰った部屋に私のこもった泣き声だけがしていた。

私は下着とパジャマを手にすると裸のまま部屋を出た。もうドアの音も階段を登る音も気にする事は無かった。

ズルズルとパジャマを引きずる、その姿は、もはや薄汚れたシンデレラの様だったろう。




自室に戻ると下着とパジャマを着てベッドに倒れ込んだ。


そして両手両脚を投げ出してじっと天井を見つめていた。


カーテンに淡く月の灯りが浮かんでいた。


もう涙は枯れていた。


しばらくして眠りについたようだ。




続く

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