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2 嵐と秘密の始まり

 

 何ヶ月か過ぎ、いよいよ進路の選択も大詰めを迎えていたが、相変わらず話し合いは平行線のままだった。

 日頃おとなしい母も、こだけは譲れなかったのだろう。時間の余裕が無くなって、その頃は母も感情的になる事が多くなった。

 売り言葉に買い言葉で大きな声でやり合う事もしばしばだった。その日も、私は言いくるめられそうになり泣きながら部屋に逃げ込んだ。母が追いかけて来ようしたが養父が制してくれた。

 いつも通り私はベッドに、うつ伏せで泣いていた。もう何度も繰り返した、お決まりのコースだ。今思えば義父も、よく付き合ってくれたものだ。子供の我ままに…。

 義父は部屋に来るとベッドに腰掛け何も言わず、ただ私の背中を手のひらで軽くゆっくり叩いてくれていた。トントンと赤ちゃんを寝かしつけるみたいに…。

 私は虫が治らず枕を何度も何度も、こぶしで叩いていた。するとその動きが突然止められた。

 養父が手首を握っていた。いつもの温かい手だ。いつもなら、それで段々落ち着いてくるはずなのだが今回はつい養父に八つ当たりをしてしまった。

 養父の手を振りほどいて、まくし立てた。


「パパ!なんで、ママに何も言ってくれないの⁉︎

  私の味方って言ったじゃない!」


まるで母が敵とでも言いたげだ。


「愛ちゃん。パパだけが、味方じゃないよ。

  ママも愛ちゃんの味方だ。

 愛ちゃんの事だけ考えてる。」


 母と違って子供でも納得できる様に、むつかしい言葉を避け諭してくれる。


「だって!だって、誰もいないんだよ。

  友達みんな公立に、行っちゃうんだよ。

 わっ...わたしだけ...

   私、一人ぼっちに、なっちゃうよぉ!」


 途中から涙声になり、最後は養父に抱き付き泣きじゃくった。

 膝立ちしたまま抱きついたので養父の首に腕が巻き付いていた。養父は突然の事で驚いた様子だったが、優しく温かい手で背中をさすってくれていた。

 私の涙が養父の頬も濡らしていた。泣き声が鳴咽に変わった時、苦しくて首を振った瞬間、養父の唇に私の唇がぶつかってしまった。

 当然、事故であったが、私は思わぬ行動に、でてしまった。養父の唇に自分の唇を押し当てたのだ。

 そして自身の持てる限りの力を使い、しがみ付いていた。養父はあわてて振りほどこうとしたが私は更に唇を押し当てた。

 歯がカチッと、ぶつかったが気にしなかった。当時は舌を使う知識は、まだなかった。子供だったのだ。

 より強く押し付ける事で気持ちの深さを伝えたかったのだ。しかし、なにせ少女の力だ、たかが知れている。

 養父が少し力強く押したら、あっけなくその腕は、ほどけ私はベッドに倒れ込んでしまった。


「愛子っ!なっ、なんて言う事を...」


 養父の怒った顔を始めて見た。いつもの優しい眼差しは消え失せ赤く充血した目で睨んでいる。

 養父も気が高ぶっていたのだろう。呼び捨てに、されたのも始めてだった。最初で最後だったが....

 私は、怖くなり部屋を飛び出した。しでかした事の重大さを肌感覚で察知したのだ。毛穴が総毛立っていた。

 寸前で養父のわきをすり抜けリビングに向かった。そこでは母がテーブルの椅子に腰掛けていた。何事かと追って来たが、私は玄関のドアを開け裸足のまま外へ駆け出した。

 養父が途中で母を追い抜き追いかけてきた。


 雨が降っていた。


 電柱の灯りが水溜まりに反射している。その日は、台風が日本列島に近づいていた。風は強く横殴りの雨が容赦なく濡れた身体を叩いた。

 背後から車のライトが迫ってくる。父の車かと期待したが、通り過ぎてしまった。

 走り疲れて立ち止まると養父の声がした。


「愛ちゃーん!」


激しい雨音の中でもハッキリとその声が、聞き取れた。

 私は、走り出した。養父の元に。


 養父は少し腰を落として両手を広げて待ってくれていた。

いつか、こんな光景が、あった様な気がした。 

 そうだ、幼稚園の運動会。かけっこの時、実父がゴールで待ってくれていた。

 あの時の光景だ。一番でゴールして褒められて、すごく嬉しかった記憶。


 私は養父の胸に思いっきり飛び込んだ。


「パパ!ごめんなさい。でも..でも、私、パパの事が大好きなの!」



当時の私の精一杯の愛情表現だった。


愛してるとは言えなかった。


自身がまだその言葉に身合う程、成熱してなかったのだ。


「パパも愛ちゃんの事、大好きだよ」


 養父が優しく言ってくれた。その言葉だけで冷えた身体が温まってくるようだった。

 養父は、包み込む様に抱き締めてくれている。私の冷えた身体を自身の体温で温めてくれているのだ。

 幼な心にも、それは伝わった。なんて優しい人なんだ。私は養父の心根に触れ、心のそこから私は本当にこの人を愛しているんだと思った。

 言葉に出来なかったから、心の中で何度も


「愛してる。愛してる」


と呟いた。そして、自然に唇を養父の唇に重ねた。

 もう養父は拒絶する事はなかった。変わらず抱き締めてくれている。養父の胸の温もりが心地いい。

 私は女の本能なのか無意識に舌を養父の唇の間に滑り込ませていた。以外にも歯は半開きになっていたので養父の舌に届いた。

 受入れてくれたと感じたが、今思えば駄々っ子の我がままをその時だけ許してくれたのかもしれない。

私は、それだけで充分満足し唇を離した。

 目の前に養父の瞳がある。いつもの優しい眼差しだ。先程の恐い目はもうそこにはない。

私は安心してチュッと軽くキッスした。


「パパ、ありがとう」


 もう恋人にでもなったような気分だった。

養父は裸足の私を背負うと軽々と歩き始めた。以前はこうして養父の背中で眠りにつく事もあった。

 久しぶりに、また、こうしているが、その頃とは全く違う感情が私を包み込んでいた。


背中越しに養父の胸の鼓動が聞こえる。


規則正しく鳴っている。


わたしは安心しきって家につく前に眠ってしまった。



 帰りつくと母が大量のバスタオルを用意して待っていた。目が赤く充血して潤んでいる。母も泣いていたのだろう。つくづく親不孝な娘だと思った。

 風邪をひくからと急かすようにお風呂に向かわされた。湯船に浸かっていると母も入って来た。

 久しぶりだった母娘おやこで、お風呂に入るのは…。そこでは進路の話は、もうしなかった。他愛ない話で笑い仲直りした。

 養父が入れ替わりに、お風呂に向かった。寒そうにしていたが濡髪が額にたれて、それが凄くカッコイイと思った。今までそんな事考えた事もなかった。

 

私は布団に入ると先程の事を思い出していた。


どしゃ降りの中、抱き締めあった事。キッスした事。


全てが夢のような気がした。いろいろな感情が、


ぐるぐると回りだし意識がうすれていく。


そして私は静かに眠りについた。



続く

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