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1 義父と私と秘密

 

 私には秘密がある。


思えば秘密だらけと言っても差しつかえ無いかも知れない。

 一つ着いた嘘が次の嘘を呼ぶように、たった一つの秘密が次々と秘密を生んで行った。


 そして、あの日また、秘密が一つ増えた。


 その時は相手が、いたから秘密感は多少薄れたが、その人以外には絶対に知られては、ならない秘密だった。


 


 私は幼少の頃に実父を亡くしていた。母は親類の紹介で、会社を経営する男性と再婚した。

 女で一つで娘を育てるのは、大変だろうと親族が心配し、勧められての縁談だった。

 母は渋々承知したようだったが、養父は以前から母の事を知っていたらしく、その美貌と振る舞いが、いたく気に入り熱望したらしい。

 養父は、とても温厚で優しく、ほとんど叱られた記憶がない。


  たった、一度を除いて。


 それは、中学に進学する頃の事だ。私は友達との中学生活を夢見て期待に胸を膨らませていた。しかし母の一言で、それは、いとも簡単に奪われてしまったのだ。


「愛子。あなた、私が通っていた中学に進学するわよ。」


 突然の事だった。私は公立の小学校にずっと通っていた。友達も、たくさんでき進学も公立。これからもみんなと楽しく過ごせると部活なども楽しみにしていたのだ。

 母が通っていたのは、この辺では有名なお嬢様学校だ。私立で女子校。誰一人、その学校に進学する友達などいない。

 私は絶望と言う名の滝に突き落とされたような、気がした。

 母は裕福な義父と再婚し、お金に余裕が出来たから、そんな事を言い出したんだと反発した。

 確かに今まで一度も、そんな事を口にした事は、なかったのだ。

 しかし、今思えばお金に余裕が出来たからこそ、私に、とっての最善の方法を選んでくれてたのだと思えるが…。

 実際、当時、公立校は荒廃して不良生徒が大量に生存していた。その頃は、その不良達もカッコイイ憧れの先輩。中学に入ったら付き合いたいなぁと思う人もいたのだ。

 小学校の頃は公園で合うとみんなで良く遊んでもらっていた近所のお兄ちゃんが中学生になると急に背が伸びて、おしゃれになり髪型も変わって女の子にもモテモテになっていた。


「いつもカワイイ、カワイイって言ってくれていたのに…。」


と子供心に焼きもちを焼いたりしていた。

でも、中学になったら私が絶対、彼女になってやるんだと息巻いてたのに、その夢も、もろくも崩れ去ろうとしているのだ。



 その日も進学の事で母とやり合っていた。

相変わらず平行線で、らちが開かない。論理的会話では母の方に分があるのは目に見えていた。

 私は、まだ感情論でしか物事をとらえられない子供だったから。結局、理詰めで母に言い伏せられ泣きながら部屋に、こもったのだ。

 私はベッドにうつ伏せになり、枕を抱え泣いていた。ドアがノックされた。

 "コン、コン"

父が、やって来た。母なら、いきなりドアを開けただろう。


「愛ちゃん。大丈夫?」


 私は養父の声を聞いて大袈裟に泣き声を上げた。幼児が駄々をこねる時に、よくやる手法だ。


「愛ちゃん。入るよ。」


 父は、遠慮気味に部屋に入ってきた。幼い頃は絵本を読んでくれたりゲームをしたりして私の部屋で、よく過ごしたものだ。

 しかし、その頃は娘も年頃だしと遠慮して、めっきり御無沙汰だったが、さすがにその夜は娘も落ち込んでいるだろうと、慰めに来てくれたのだ。


「愛ちゃん…」


 私は養父から、そう呼ばれるのが大好きだった。実父の記憶はもう薄れかけていた。その頃は養父を実の父のように慕っていたのだ。


「大丈夫?」


 私は涙がいつまでも止まらない。味方が来てくれたと安心して更に感情が高ぶって来たのだ。養父は優しく背中をさすってくれた。


「愛ちゃんの気持ち良くわかるよ。パパも変ちゃんの立場だったら、そうしたと思う。また、話し合おう。 でもママも愛ちゃんの進路の事、神経に考えてるんだ。それは、わかってあげてね。」


 さすがに大人だ。まず同調するところから話を進めてくる。経営者故んと言ったところか。

私は…


(そうでしょ。そうでしょ)


と枕に顔を伏せたまま心の中で繰り返した。自分に都合の、いいところだけ掻い摘んで養父が同意してくれたと解釈して喜んでいたのだ。

 養父はまだ背中をさすってくれていたが私は顔を上げる事が出来なかった。

 涙と鼻水でグショグショになった顔を養父に見られたくなかったのだ。それを察したのか義父が机の上のテイッシュの箱を渡してくれた。

 私は養父と反対側を向いて、涙をふき、そして、鼻水を勢いよくかんだ。

 "チーン"と大きな音が部屋に響いた。なんだか、それが可笑しくて、私はクスクスと笑いだした。すると養父も笑いだした。

 私は、ひとしきり泣きはらして気が治まったのか、ゆっくりと、起き上がり女の子座りをして養父を見ていた。

 養父は、優しく微笑んでいる。温かい眼差しだ。真っ直ぐ、こちらを見てくれている。

 私は何だか恥ずかしくなり下を向いてしまった。すると養父が優しく両手を握ってくれた。温かい手だ。


「愛ちゃん...。パパは、いつも愛ちゃんの味方だからね。」


短い言葉だった。


でも、この(つたな)い生涯の中でも


これ程、私を感動させる言葉はなかった。


他の誰に言われても何も感じなかっただろう。


養父だからこそ、こんなにうれしかったのだ。


私は顔を上げる事が出来なかった。


養父の手が濡れている。

 

私の瞳から止めどもなく溢れる涙が、


いく粒もの雫をつくっていた。




続く



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