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復讐は波羅蜜より難し  作者: 月這山中


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9/10

番外編

 病死した少女の死体を借りたビショウは、戦勝記念パーティーでにぎわう街を歩きながら復讐の埋火を探していた。

 こんなハレの日にも復讐は眠っている。そのことは、復讐心を抱えていたことのあるビショウにはわかっていた。

「フラン……!」

 男の声がビショウに向けられた。振り向くと、無精ひげを生やした中年の男が、ぼろぼろと涙を流している。

「フラン、ああ、フラン、息を吹き返したんだね!」

 男はビショウをその死体ごと抱きしめた。

 どうやら、この死体の父親のようだ。名前はシュタイン。三日前に娘を弔ったばかりだった。

「あんな冷たい土の中に埋めてしまってごめんよ。冷たかっただろう。苦しかっただろう。もう離さない」

「自分はあなたの娘ではない」

 ビショウは正直に答えた。

 腕を解いてシュタインはビショウの顔を見つめる。

「あなたの娘は確かに肺結核で死んだのです。栄養不良と戦時下のストレスも祟ったんでしょうね。ご愁傷さまです」

 死体の痕跡からわかっていたことを、冷静に、冷酷に、ビショウは伝えた。

 復讐に関係ないことには関わりたくない。ビショウは思っていた。

「ああ、フラン……」

 しかしその時、シュタインの身体から復讐の気配が感じられた。

 ビショウはその埋火を見極めようと彼の記憶を漁った。

 眠る少女の顔。医者につかみかかり、高い薬を探し、看病を続ける腕。

「そうか……そうですね、『病』も、復讐の対象ですね」

 ビショウは納得した。

 そして、シュタインの顔をうやうやしく包んだ。

「肺結核、相手にとって不足はないでしょう」

 シュタインはようやく理解した。人違いではなかった。娘の身体は確かにここにあって、なにか別のものが動かしていることに。

 そしてそれが、シュタインを誑かす悪魔である、ということに。

「かまうものか」

 シュタインは呟いた。

 二つの影は人ごみに消えた。


 戦争の傷跡は街のあらゆる場所に残っている。

 裏通りの一画、宿屋の地下で違法カジノが開かれている。

 扉を開く者が居た。

 男は顔色の悪い少女の手を引いて、カジノの中央へと歩いて行く。席に座った男にディーラーが話しかける。

「お客様、申し訳ありませんが、会員証と元金をお見せください」

 言葉が終わるか否かという時、少女の口から黒い煙が吐き出された、それは遮蔽物のない影となり、全てを切り裂く風となった。

「滅!」

 チップとコマ、カードが血肉と共に、地下の部屋に飛び散る。

「金庫があるでしょう。持っていきましょう」

「どこへ」

「憲兵の手が届かない所です」

 シュタインは札束の入った金庫を抱えて、ビショウはフランの身体を借りたまま逃亡した。


 手に入れた金を元手にシュタインは建設業の成長株を買い占めた。

 戦争から復興するために、需要によって株は高騰し、その金を使って事業に投資しながら、莫大な富を築いた。

「世界は復讐の火に満ちている。ああ、復讐は蜜の味ですね」

「…………」

 フランの身体はエンバーミングが施され、腐ることはなかった。

 毎朝、その顔に化粧をされる。薄暗い死体の肌に紅がさされる。

「自分はフランではありません」

 ビショウは何度目かになる真実を口にする。

「わかっている。それでも、娘の身体なんだろう」

 ビショウは成長しないフランの身体に入ったまま、じっとしていた。


 シュタインの頭には、復讐心だけがあった。

 築いた莫大な富を使って、シュタインは病院を建てた。医者や看護師の育成にも当てた。新薬の開発も。娘の命を奪った病だけでなく、あらゆる全ての病に対する復讐心だけが、シュタインを突き動かした。

 シュタインはたったの一年で世界屈指の名士となっていた。

 その日も娘の身体を抱えて、化粧台の前に座らせようとした。

 彼女の腕が、ボトリ、と落ちた。

「ああ……」

「限界ですね。もうこの身体は使わない方がいいでしょう」

 ビショウは身体から抜け出した。

「復讐は成し遂げましたか」

 窓の前に浮かんでビショウは訊ねる。

「いいや、いいや、まだだ。まだ病はこの世に蔓延っている」

「お手伝いしましょう、と言いたいところですが、自分にできることはもうなさそうです。あとはご自分でお願いします」

「待ってくれ、フランを、私を、置いていかないでくれ……!」

 ビショウは闇に溶けていった。

 新たな復讐の火を探すために。

 シュタインは顔を覆って、しばらく動けなかった。


 次の年、街は再度戦火に包まれた。

 しかし広大な野戦病院が開かれ、最終的な死者は少数で済んだという。


  了

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