番外編
病死した少女の死体を借りたビショウは、戦勝記念パーティーでにぎわう街を歩きながら復讐の埋火を探していた。
こんなハレの日にも復讐は眠っている。そのことは、復讐心を抱えていたことのあるビショウにはわかっていた。
「フラン……!」
男の声がビショウに向けられた。振り向くと、無精ひげを生やした中年の男が、ぼろぼろと涙を流している。
「フラン、ああ、フラン、息を吹き返したんだね!」
男はビショウをその死体ごと抱きしめた。
どうやら、この死体の父親のようだ。名前はシュタイン。三日前に娘を弔ったばかりだった。
「あんな冷たい土の中に埋めてしまってごめんよ。冷たかっただろう。苦しかっただろう。もう離さない」
「自分はあなたの娘ではない」
ビショウは正直に答えた。
腕を解いてシュタインはビショウの顔を見つめる。
「あなたの娘は確かに肺結核で死んだのです。栄養不良と戦時下のストレスも祟ったんでしょうね。ご愁傷さまです」
死体の痕跡からわかっていたことを、冷静に、冷酷に、ビショウは伝えた。
復讐に関係ないことには関わりたくない。ビショウは思っていた。
「ああ、フラン……」
しかしその時、シュタインの身体から復讐の気配が感じられた。
ビショウはその埋火を見極めようと彼の記憶を漁った。
眠る少女の顔。医者につかみかかり、高い薬を探し、看病を続ける腕。
「そうか……そうですね、『病』も、復讐の対象ですね」
ビショウは納得した。
そして、シュタインの顔をうやうやしく包んだ。
「肺結核、相手にとって不足はないでしょう」
シュタインはようやく理解した。人違いではなかった。娘の身体は確かにここにあって、なにか別のものが動かしていることに。
そしてそれが、シュタインを誑かす悪魔である、ということに。
「かまうものか」
シュタインは呟いた。
二つの影は人ごみに消えた。
戦争の傷跡は街のあらゆる場所に残っている。
裏通りの一画、宿屋の地下で違法カジノが開かれている。
扉を開く者が居た。
男は顔色の悪い少女の手を引いて、カジノの中央へと歩いて行く。席に座った男にディーラーが話しかける。
「お客様、申し訳ありませんが、会員証と元金をお見せください」
言葉が終わるか否かという時、少女の口から黒い煙が吐き出された、それは遮蔽物のない影となり、全てを切り裂く風となった。
「滅!」
チップとコマ、カードが血肉と共に、地下の部屋に飛び散る。
「金庫があるでしょう。持っていきましょう」
「どこへ」
「憲兵の手が届かない所です」
シュタインは札束の入った金庫を抱えて、ビショウはフランの身体を借りたまま逃亡した。
手に入れた金を元手にシュタインは建設業の成長株を買い占めた。
戦争から復興するために、需要によって株は高騰し、その金を使って事業に投資しながら、莫大な富を築いた。
「世界は復讐の火に満ちている。ああ、復讐は蜜の味ですね」
「…………」
フランの身体はエンバーミングが施され、腐ることはなかった。
毎朝、その顔に化粧をされる。薄暗い死体の肌に紅がさされる。
「自分はフランではありません」
ビショウは何度目かになる真実を口にする。
「わかっている。それでも、娘の身体なんだろう」
ビショウは成長しないフランの身体に入ったまま、じっとしていた。
シュタインの頭には、復讐心だけがあった。
築いた莫大な富を使って、シュタインは病院を建てた。医者や看護師の育成にも当てた。新薬の開発も。娘の命を奪った病だけでなく、あらゆる全ての病に対する復讐心だけが、シュタインを突き動かした。
シュタインはたったの一年で世界屈指の名士となっていた。
その日も娘の身体を抱えて、化粧台の前に座らせようとした。
彼女の腕が、ボトリ、と落ちた。
「ああ……」
「限界ですね。もうこの身体は使わない方がいいでしょう」
ビショウは身体から抜け出した。
「復讐は成し遂げましたか」
窓の前に浮かんでビショウは訊ねる。
「いいや、いいや、まだだ。まだ病はこの世に蔓延っている」
「お手伝いしましょう、と言いたいところですが、自分にできることはもうなさそうです。あとはご自分でお願いします」
「待ってくれ、フランを、私を、置いていかないでくれ……!」
ビショウは闇に溶けていった。
新たな復讐の火を探すために。
シュタインは顔を覆って、しばらく動けなかった。
次の年、街は再度戦火に包まれた。
しかし広大な野戦病院が開かれ、最終的な死者は少数で済んだという。
了




