第8話
戦争は解放軍の勝利で幕を閉じた。
帝国軍は撤退し街に平和が戻った。
戦没者の眠る共同墓地。
「よかったね、お前たち」
片腕になったドランカがそこにはいた。
彼女は夫と娘の名前を見つけ、それに指を這わせる。
「甲斐性のない母親ですまないね。まあ、飲んどきなって」
酒瓶の蓋をあけて、土に撒く。
「…………」
空を見上げる。
そんな彼女を呼ぶ声がした。
「ドランカさーん」
適切な治療を受けて元気になったシータが走ってくる。
眼帯をしたコーが彼女を追いかける。
「ドランカさん、もうすぐ戦勝記念パーティーです。行きましょう」
「いいのかねえ、あたしみたいなのが参加しても」
コーが頭を振る。
「あなたは解放軍の英雄です。妹を守って頂いて、ありがとうございます」
コーの言葉を聴いたドランカは、恥ずかしそうに頭を掻いて、ばしん、とコーの背中を叩いた。
「当然のことしたまでだっての! それじゃ、御馳走でもいただくとするかね!」
三人はパーティー会場へと歩きはじめる。
ふと、シータだけが振り向き、空を見上げた。
すぐに頭を振る。
「ううん、考えても仕方ないよね」
風に乗って読経の声が届いたような、シータはそんな気がした。
しかし、向き直ってコーとドランカについていく。
戦勝記念パーティーによって街はにぎわっている。
大酒飲み大会が開かれていた。無論、酒代は無料だ。ドランカが吸い込まれるように酒樽へ近付いて、樽ごと抱えあげて飲み始めた。どよめき。
シータとコーは料理のテーブルにつく。
コーは、浮かない表情のシータに気付いた。
「シータ、またどこか悪いのかい」
コーはおろおろと妹の身体を心配する。
しかし、シータは頭を振る。その目に涙が浮かんでいた。
「ビショウの身体がもしも生きていれば、ここに立っていたのかしら」
彼女は言った。
復讐を手伝った『影』のことをコーは聴かされていた。果たしてそれは怨霊だったのか。あるいはシータを哀れんだ神からの使いだったのか。
「ビショウが身体を借りる度に、考えていたの。生きていれば、復讐なんかしなくたって友達になれたんじゃないかって……」
シータは言葉を続ける。
妹の言葉に、コーは頭をひねっていたが、やがて観念したように肩を落とした。
「……すまない、シータの疑問に俺は答えてやれない」
「ううん、いいの。きっと、答えは誰にもわからないから」
シータは微笑む。コーは安心して、サラダを妹の分まで皿に取り分けた。
そんな二人の隣に一人の少女が現れた。
「ここ、いいだろうか」
顔色は悪く、死人のようだった。
「……ビショウ?」
シータは訊ねる。
病死した死体の硬直した顔をゆがめて、ビショウは笑った。
「新たな復讐の気配がします。帝国軍は諦めておりません」
「で、でも、私にはもう復讐心なんて」
「ええ、あなたの復讐は成し遂げられました。しかし次の戦争でまた復讐の火は生まれる。連鎖するのです」
「それを探しに行くの」
ビショウは目を閉じて、今度は優しく微笑んだ。
「友達は多い方がよいですからね」
シータはそれを聴いて、プッ、と噴き出した。
復讐鬼の目的としては、とてもかわいらしいものだったからだ。
「それでは、これで」
何も口にすることなく立ち上がる。それをシータは呼び止めた。
「ビショウ」
「なんでしょうか」
「ありがとう」
シータは泣きそうな顔で言った。隣にいたコーも頭を下げた。
ビショウは、何も言わず微笑んだまま、去っていった。
ビショウの言う通り、二年後に戦争は再開した。
解放軍の間では戦いを守護する精霊『影』の噂がいつの間にか広まり、信仰を集めていた。
帝国軍では逆に自分たちを脅かす怨霊『風』の噂が広まり、恐れられていた。
シータとドランカは解放軍に入って、コーと共に街を守り続けた。
了