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第7話

  一

 帝国軍前線基地。執務室にシータたちは辿り着いた。

 しかし、そこに将軍ダスタ・ドラスの姿はない。

「……来たか」

 立っていたのは無数の勲章を胸に輝かせる一人の男、ラージャ大佐だった。

 その勲章の数は殺した敵兵の数を意味する。

 ビショウが女の身体を乗り捨てて影になる。

「名はビショウ……」

「フンッ」

 名乗りを聴かずラージャは両拳を突き出した。

 洗礼されたナックルダスターが影を散らす。

 ビショウが消えた。

「ビショウ!」

 シータは床を転がって逃げる。

「とうりゃっ!」

 ドランカが酒瓶の一撃をラージャの顔面にお見舞いする。

「効かぬ」

 サーベルが閃いた。

 ドランカの右前腕がずれていく。

「あっ、やばっ」

「ドランカさん!」

 ビショウは消えたままだ。あの一撃で成仏してしまったのだろうか。

 考える暇もなく、シータは蹴り飛ばされた。

「かはっ……!」

 喀血の混じった息を吐きシータは腹を抑える。

 ドランカは血が流れる腕をベルトで縛って、壁に背を預けている。

「つまらん」

 ラージャ大佐は呟いた。



  二

 解放軍のコー・ツエルブは仲間を連れて帝国軍の基地に潜入していた。将軍を暗殺するため、そしてシータを探すために。

「コー、なにか騒がしいぞ」

 娼婦幽霊と死体の発見で前線基地は混乱している。これを機と見て、コーは指示を出す。

「まず将軍を探す」

 コーが飲み込んだ覚悟を彼らは知らなかった。



  三

 ラージャはこれまで敵兵の虐殺を繰り返していた。

 かかって来た強敵も、まだ年若き少年兵も、捕虜であっても、彼には関係ない。

 自分に敵対心を向ける。自分を恐怖する。自分を無視する。それだけで彼にとって、殺害条件に合致した。

 敵は全て殺す。それだけが彼の信念であり、彼の行動原理だった。

 しかし。

「つまらん」

 将軍の命を狙っていたのは女たちだった。

 戦うことすらできない病気の少女と、多少は戦えるが酔っ払いの女。

 ラージャはひどく憤慨していた。

 引きずってきた二人の女を拷問室に投げ入れる。

「……ラージャ大佐。おお、ラージャ大佐。それはなんだ」

 将軍ダスタ・ドラスが震えながらたずねた。

「貴殿を狙っていたシータ・ツエルブ一行です。将軍」

「おお、これがそうか。そうだったのか。お前が、始末してくれたのか。あのツエルブ家のやつらのように」

「始末はこれからです。将軍、あなたの手で」

 こうしなければダスタ・ドラスは安心しない。暗殺者がまだ生きていると信じ込み無用の警戒を自分に強いるのだ。そして、また無駄に殺す相手が増える。ラージャは嫌と言うほどわかっていた。

「ツエルブ家、の、やつら……」

 少女の方が呟いた。ラージャは苛立ちながら説明してやった。

「父母は処刑されました。シータ・ツエルブ様。解放軍に力を貸した罰です」

「……!」

 少女の気配が一瞬怒りに変わったが、すぐに絶望へと落ちていった。

 将軍はふらふらと立ち上がり、小さな暗殺者を見下ろす。

「ああ、ああ、私の手で、だな。ああ、どうしてくれようか」

 暖炉から熱く焼けた火掻き棒を手に取った。

「こいつめ!」

「……シータ!」

 酔っ払い女のほうが起き上がりシータを庇った。熱い鉄が彼女の肌を焼く。

「がああっ、シータ……ッ!」

「こいつめ、こいつめ!」

 ダスタは火掻き棒を振り回し、何度もその女の肌に打ちつけた。

「やらせやしないよ。絶対に、この子は……!」

 女がわめいている。

 火掻き棒の攻撃は止むことはない。ダスタの表情は怯えているようにも、笑っているようにも見えた。

「いいの、ドランカさん、もういいの」

 シータが嗚咽と共に嘆く。

 ラージャは苛立っていた。戦う力すらないのに無駄な抵抗で時間を使わせる。サーベルに手をかけたその時だった。

「名はビショウ」

「フンッ」

 ナックルダスターを振りかぶる。そこに影はない。

「上か!」

 ラージャは見上げる。しかしそこにもいない。足元。いない。

 異常に気付いたダスタが血走った目で彼を見つめる。

「この娘の復讐を代行する」

 ラージャの喉からせり上がってくるものがあった。勢いよく吐き出す。内臓をぐずぐずに刻んだ粘質の塊だった。影が居たのはラージャの体内だった。ラージャを確実に殺すまで、『迷路』の力に耐えながら、待っていたのだ。

「ごぼ、ぼっ」

 ラージャはナックルダスターを握りしめたまま、内臓を全て吐き出して絶命した。

「不瞋恚、滅!」

「こいつめぇあああああああああ」

 火掻き棒を振りかぶったダスタ将軍がラージャの身体へ向かっていく。影は天井へと飛ぶ。ラージャの身体は崩れ落ちる。

「そこまでだ、将軍!」

 拷問室の扉が開いた。コーが小銃を構える。

「ああああああああああああっ!」

 振りかぶった火掻き棒がコーの左目に直撃した。

「ぐあっ……!」

 何が起こったのか、その場にいる誰も把握していなかった。

 火掻き棒が落ちてコーは膝をつく。

 視神経の繋がった目玉が転がっていく。

「お、にいさま? ……お兄様、お兄様!?」

 声に気付いたシータが立ち上がった。血だまりに足を取られながらコーに駆け寄る。

 全身を赤く染めながら、兄を抱きとめた。

「お兄様!」

 シータは嘆き悲しんだ。

 そして。

「許さない……!」

 復讐心。

 少女の心に、復讐の炎が灯る。

「は、はは、ははは、本性を現しおったなシータ・ツエルブ! 私を殺すのだな!? やってみせろ! はははは、はははっ!」

 ダスタ将軍は、長年自分が恐れていたものが現れたことに半ば安堵し半ば狂喜していた。恐怖心はどこかへ消え失せてしまっていた。そうだ、敵が出て来たのなら殺せばいいだけだ。将軍である私が負けるはずがないと、ダスタ将軍は信じ切っていた。

 落ちていたラージャのサーベルを手に取る。

「やってみせろおおおおおおおおああああああああああ!」

「名はシータ」

「名はビショウ」

 ビショウがシータを持ち上げた。サーベルの一撃を躱す。

「この者が復讐を代行する」

「この娘の復讐を代行する」

 天井に取り付いた少女を見上げて、ダスタ将軍は狂気の笑みを浮かべていた。

「あああああ、あ」

 四方に並べられていた拷問器具が、ダスタの身体へと向かった。

 無数の鋏が彼の歯を爪を抜き、車引きの車輪が彼の腕を脚を裂き、苦悶の洋梨は尻を貫き、棘の付いた椅子の座面が彼を殴った。

 最後に鉄の淑女が彼を迎え入れる。

「不邪見、滅」


 帝国前線基地は解放軍の攻撃によって瓦解していた。

 あちこちで火の手が上がっている。

 シータはコーの身体を運び出し、療養所の横の墓地に来ていた。ここは人が少ない。

「お兄様、お兄様……せめて、一言だけでも話したかった」

 シータは咳き込む。彼女の命ももう長くない。

 その時、コーの残った目が開いた。乾いた血が剥がれ落ちる。

「シータ」

「お兄様……?」

「シータ、復讐は、成し遂げたかい」

 コーの身体に入っていたのはビショウだった。

 そのことはシータもわかっていたが、彼女は笑みを浮かべて答えた。

「はい、復讐は……なんて気持ちのよいものでしょう」

 シータは嘘をつき、目を閉じた。コーの胸に顔を埋める。

「……すまない、シータ。自分は復讐を楽しんでいなかった」

「なぜ?」

「実家の寺を継ぐのを拒否して、母を狂わせた会社で自爆テロを起こした。その時も自分は楽しめていなかった。幼い頃から教えられた道徳、信仰のために。それでも続けたのは、シータ、あなたと分かち合いたかったから。あなたと、友達になりたかった」

「そう、そうなのね……なりましょう、友達に」

「ありがとう」

 コーの腕が彼女の髪を撫でる。

 空を見上げる。


 その視界を黒いものが遮った。


「シータぁあああああツエルブぅうううううう」

 全身に包帯を巻いた異様な姿。ビショウが仕留め損ねたウフィサジだった。ビショウはすぐさまコーの身体から抜け出す。

「不邪淫……」

「うおおおおおおおおお!」

 気を失っていたコーが立ち上がった。その拳で投げナイフごとウフィサジの顔面を殴る。

「うげ」

 ウフィサジは気絶した。ビショウはあっけにとられながらも、ウフィサジの頸動脈を切った。

「滅」

 血が勢いよく噴き出す。

 ウフィサジは死んだ。

「はあ、はあ、またこいつか……、シータ!」

 コーが妹に気が付いた。呼吸が止まっている彼女に人工呼吸を施し始める。

「シータ、死ぬな! やっと会えたんだ、シータ!」

 息を吹き込まれ、何度も胸を押され、シータが息を吹き返した。

「けほっ、お兄様……?」

「シータ! よかった……よかったぁ……!」

 妹の身体を兄は抱擁する。

 兄妹の再会を見届け、ビショウは空へと昇った。

 最後の読経をしながら。







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