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第6話

  一

 帝国軍前線基地。執務室に三人の男がいた。

 ピープ・ストーン大佐戦死の報を聴いて将軍ダスタ・ドラスは鬢を掻きむしった。

「おのれ、おのれおのれ、私の命を狙うために、このようなことまで」

 将軍はいつものように頭を打ち付けた。一度、二度、三度。自分を折檻し終えて、息を吐く。

「彼は残念でした。しかし命令の食い違いによる余分な予算が減ったと考えればむしろ好都合かと」

 ジャードス大佐は算盤をはじきながら言った。

「……フン」

 ラージャ大佐はサーベルの柄から手を離さず、鼻を鳴らした。

「御託はよい、すぐにシータ・ツエルブを殺せ!」

 将軍は叫ぶ。



  二

 シータたちは帝国軍前線基地まで辿り着いた。

 しかし門扉は厳重に監視されている。木の陰に隠れてシータたちは様子を伺っている。

「流石に将軍のいる場所。潜入は一筋縄ではいかないでしょうね」

 ビショウは考えるそぶりを見せた。

「どうするの」

「少々お待ちください」

 影は天へ細長く飛んでいき、療養所の横の墓地へと入っていった。幸い、ここは警備が手薄だ。

「お借りします」

 両手を合わせてビショウはまだ真新しい死体の中へと入った。

 硬直した身体がミシミシと軋み、被せられた毛布をはがして死体は立ち上がる。

「うわぁ! ジョーが生き返った!」

「悪魔よ去れ!」

 療養所は騒然となり、ビショウが借りたジョーの身体はバラバラになった。

 身体から抜け出した影が空中を飛ぶ。

 ビショウがシータたちの下へ戻ってくる。

「駄目でした」

「ヒック、なにを試そうとしたのかは聴かないけど」

 ドランカは呆れた様子で両手を上げた。

 ふと、門から出て来るものがあった。台車に載せられたそれがシータの目に入る。

「女性よ」

 裸の女は既にこと切れていた。

 台車は森の中へと入り、埋葬もされずに放り出された。

 兵士が門へと帰っていく。

 身を隠しながらシータたちは女の死体へと近付いた。

「お借りします」

 ビショウは手を合わせた。



  三

 公娼隊の列が門扉をくぐった。

「なんだこのデカいのは」

 ひと際巨体の女を見て兵士が言った。

「ドランカよん。よろしく」

 酒臭い息を吐いてウインクをしてみせる。兵士はぞっとして視線を逸らした。

 その隣に濃い化粧をした少女が立っていたが、兵士はよく見ていなかった。

 更に隣、ボロのコート一枚を羽織った顔色の悪い女は、隙なく周囲を観察している。

「あなたたちの給金は最終日に支払われます。それまで命を大事にすること。いいですね」

 ジャードス大佐が現れ、算盤をはじきながら公娼たちに微笑んだ。彼女たちは基地の各休憩所に振り分けられる。

 ジャードス大佐は公娼たちに給金を払う気は一切なかった。彼女たちが帰ろうとすると戦況を理由に引き留め、足腰が立たなくなっても使い続け、命が尽きたら森で野生動物に食わせるのが一番効率的だと思っていた。

 そしてジャードス大佐自身も女好きだった。いや、正確にはタダで買える女が好きだった。見返りがなくとも自由にできる女が彼は最も効率的で美しいと思っていた。それゆえに前線へ送られる公娼たちをジャードスは彼なりのやり方で愛していた。

 化粧の濃い少女の背中を叩いた。

「こっちへ来い」

 ジャードス大佐は荒っぽい態度で少女を個室へ誘う。

「…………」

 少女の服をはぎ取った。その服で少女の顔を拭く。

「さて、シータ・ツエルブ。このような場所で小銭稼ぎですか?」

 正体は分かっていたのだ。あまりにもお粗末な変装だった。ジャードスはほくそ笑む。

「軍服は脱がないの? 大佐様」

 しかしシータは気丈に言った。ジャードスは気に入らなかった、自由にできない女は嫌いだからだ。

「服は身分の象徴なんですよ。あなたはもう貴族でもなんでもありません。犬以下です」

「その犬以下にあなたはなにをしようとしているの?」

 シータは言葉を続ける。ジャードスはサーベルに手をかけた。

 その時、個室の窓が割れた。

「なんだ! ぐえっ」

 太い腕がジャードスの襟首を掴んだ。

「さっさと脱いでいれば、苦しまずに済んだのに」

 続けてもう一本が入って来て、迷路を編み込んだ軍服が破られていく。

 襟とベルトだけが残ってジャードスの身体に食い込む。

「がああああっ」

「名はビショウ」

 個室に風が入り込んだ。

 扉の隙間から、濁った眼がジャードスを見つめている。

「この娘の復讐を代行する」

 ジャードスの上半身と下半身は泣き別れになった。

「不慳貪、滅」



  四

 兵士の一人が気付いた。廊下で妙な唸り声をあげている女がいる。

 その肩を叩いた。

 しかしその女が死体のように冷たいことに気付いて、兵士は悲鳴を上げた。

「で、で、出たぁ! 娼婦の霊だ!」

「うわぁ! ジャードス大佐が死んでる!」

 休憩所は騒然となり、その騒ぎに乗じてシータたちは休憩所を脱した。

「将軍はどこ?」

「こちらです」

 女の身体を借りたまま読経を終えたビショウが、兵士たちの記憶を読んだ。

「ようやく最終決戦ってやつかい」

 窓枠を腕にはめたままドランカが言った。

 三人は執務室へと向かう。


  五

 解放軍の潜入部隊は、帝国軍の本拠地まで辿りついていた。

「シータが、本当に生きていたなんて……!」

 隊長であるコー・ツエルブは、傍受した書類を手にわなないた。

 帝国軍将軍に渡された情報だ。妹の生存は間違いない。

「コー隊長、どうする。妹さんを助けにいくか」

「いいや、俺たちの目的はダスタ将軍の確保あるいは暗殺だ。目的を間違えちゃならない」

「そんなこと言ったって、……コー、負い目に思ってるのか、妹さんを一人にしたこと」

「…………」

 コーは押し黙った。しかし彼の両眼には、貴族の魂が輝いている。

「民を守ることが大事だ」

「……わかった」

 潜入部隊は行動を開始する。





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