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第3話

  一

 マユの街。

 シータはケチャップのシミがついた服をゴミ捨て場から拾った。破れた部分はやはり破れたカーテンで覆い隠す。

「おい、ここは俺のテリトリーだぞ」

 ゴミ捨て場で寝ていた男がシータを威嚇した。シータは頭を下げる。

「すみません、どうしても必要で」

「だったら何か恵んでくれよ。金か食べ物、それか……」

 男が笑みを浮かべた時、ビショウが影の刃を振るおうとしたその時、巨大な体躯が間に入った。

「情けないったらないねぇ。ヒック。こんな小さな子に物乞いする奴があるかい」

 巨大な体躯の、女性だった。既に一杯ひっかけている様子だ。服装は薄着にボロのコート一枚で、酒瓶と銀の盆を持っている。男の同業だろう。

「ドランカ、邪魔すんなよ」

「だったらこの酒瓶でも持っていきな。酒屋で銅貨一枚に代えてくれるからよ!」

「痛っ!」

 ドランカと呼ばれた巨大な女性は酒瓶をぶん投げた。男は頭に当たった瓶を抱えて逃げていった。

「大丈夫かい、お嬢ちゃん」

「ありがとうございました。私はシータです」

「シータ。こんなところに居ちゃいけないよう」

 シータの背後で声がした。

「不飲酒……」

「酒におぼれることなかれ。ほどほどにしてくださいね」

 苦しむ影を引き連れて、シータはその場を去った。


「殺せそうだったのですが」

「ビショウが求めているのは復讐のはず。無関係の虐殺じゃない」

「そういえばそうだ。なぜ自分はアレを切り裂こうとしたんだろうか?」

「知らない」

 シータはビショウの扱いに手慣れて来た。服とパン籠を手に入れて、帝国軍の拠点へと向かう。



  二

 昼下がり、城壁の内側。

 ウフィサジ・ショーネンスキーは部下であるピット・トシウエスキーの肩に手を置いた。

「力を抜いて……」

「はい、ウフィサジ少尉……」

 ウフィサジはピットの手に手を添える。突撃ラッパの練習のためだ。なんらやましい所はない。

 やましいことは、夜にする。

「ウフィサジ少尉、こうですか」

 薔薇色の唇がリードに添えられて、天使の音を奏でる。ウフィサジは既に絶頂しそうだった。

 門を叩く音。

「誰だっ」

 水を差されたウフィサジは不機嫌に答えた。

「パンを持ってきました。買ってください」

 返ってきたのは高い声だった。四分の一の確率で声変わり前の美少年かも知れない。ここに居ると言うことは門番のチェックも済んでいるはずだ。ウフィサジは自身の見事な金髪を整えて、パン売りを迎え入れる。

 影が門の隙間から滑り込む。

「名はビショウ。この娘の復讐を代行する」

 影は風となり庭を吹き荒れる竜巻となった。ちなみに門番は既に喉を切り裂かれて死んでいた。

「不邪淫、滅!」

 ウフィサジは吹き飛ばされた。

 ラッパを構えたピットが取り残される。彼は渾身の力を込めてラッパを吹いた。

「敵襲、敵襲ーッ!」

 ラッパの音が拠点に響き渡る。


 敵襲、の声を聴いたマリー・サリタ中尉は眼鏡を指先で持ち上げる。

 マリーは面倒なことが大嫌いだった。

 日報に『異常なし』と書き込んで、マリーはサーベルを手に取る。書斎のドアを開けるのも面倒だったので窓から庭へ出た。

「マリー中尉、ウフィサジ少尉が!」

「あなたたちは何も見ていない。いいですね」

 言いながら庭に出たマリーが目にしたのは、軍隊に囲まれた一人の少女だった。

「これはこれは、ツエルブ家の御息女、シータ様では」

 マリーはその名を口にした。

 面倒を避けるために、捕虜となった貴族の無事を偽装したというのに、それを逐次報告しなければならないのも面倒くさい。嘘に嘘を重ねなければ女でありながら中尉まで上がった自分の立場が危うい。面倒くさ過ぎる、とマリーは思った。

 面倒なのでこの少女は生かしておけない。

「シッ!」

 マリーは鋭く息を吐いて突貫した。シータの首に刃を向ける。しかし、その切っ先が見えない何かに掴まれた。

「何奴っ!」

 サーベルはピクリ、とも動かない。

 影がマリーを覆った。

「不妄語、滅!」

 マリーは全身から血を噴き出して絶命した。

 周囲の兵たちもビショウの竜巻によって、首をもがれ、手足をもがれ、壁へと貼り付く。

 復讐は成し遂げられた。



 読経を終えて、ビショウとシータは城壁の外へ出た。

「よう、シータ」

 門の側に座っていたのはドランカだった。倒れている門番を尻に敷いて、銀の盆に入っている小銭を数えている。

「あたい、目がよく見えなくてねぇ。帝国軍様の拠点で何があったんだい?」

「………」

「ん? 答えられないのかい」

 シータは顔を覆って、そのままボロボロと涙を流し始める。自分の罪を懺悔するように、言った。

「殺しました。彼らを、彼女らを」

「一人残らず?」

「ええ」

 ドランカは、ハハッ、と大きく笑った。

「よくやったシータ! あんたは英雄だ!」

 シータを抱えあげ、彼女はぐるぐるとその場で廻る。その様子を見ていた町人たちも徐々に手を打ち鳴らし始めた。

「私、私は、私は、人殺しです……!」

「いいんだよ。そんなことは。いいんだ、シータ」

 絶望するシータを抱えたまま、ドランカは彼女の頭を撫でくりまわした。

 ドランカの袖に血の花が咲いた。

 シータの喀血だった。

「ゴホッ、私は……」

「シータ、シータ!? 誰か、お医者様は!」

 ドランカはシータを抱えたまま、医者を探した。

「次は誰に復讐しますか」

 ビショウの声は無視された。



  三

「シータ……私の顔に傷をつけたこと、後悔させてやりますよ……」

 重傷のウフィサジが胸壁に引っかかったまま、恨みの言葉を呟く。

 復讐の埋め火がまた一つ生まれた。

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