第2話
一
ビショウは、困っていた。
復讐の味が忘れられず、復讐こそを己のアイデンティティとしていたのに、その復讐を封じられてしまった。シータ、この少女に。
いいや、約束など守る必要があるだろうか。この少女の代行が無理なら他の者に取り憑けばいい。ビショウは考えた。
適当な針葉樹の枝にシータをおろし、風の速さで去ってしまおうとした。
「くしゅんっ」
シータがくしゃみをした。
ビショウは戻ってくる。
「服が必要でしょう。凍え死にますよ」
「きみはきっと誰かから服を奪い取る。それは許されない」
シータは真直ぐにビショウを見つめている。
「神仏にでも誓っているのですか」
「シンブツ? いいえ、家の誇り。誰も傷つけず、誰からも盗らず、犯さず、騙らず、酒に溺れることなかれ」
「ああ!」
シータの言葉にビショウは頭を抱える。緊箍児で頭を締め付けられる孫悟空のように悶え苦しみ、一分後、ようやく息をついた。
「この誇りはあなたに効くようね」
「ええ、はい、はい。誰にも教えないでください」
シータは自身の肩を抱く。
「私は、もう大丈夫。きみは行ってしまいなさい」
「そうはいきません。この魂は復讐の為にあるのです。あなた自身は何もしなくていい」
「見逃すことも罪」
ビショウは針葉樹の周りをぐるりと回った後、シータに言った。
「誇りの為に、なにもせず死ぬのですか」
「………」
「あなたは既に不殺生の誓いを破った。家にも戻れないでしょう。ならば復讐のために生きればいい」
「……生きていれば、会えるかな」
「どなたに?」
「それは言えない」
シータはビショウに向かって、両手を出した。
二
戦場の療養地で、昼食を待たず小男が品定めをしていた。小男の名はバラスタ。彼の商品は子供だ。人身売買は主要な二十か国で禁止されているがそれでも買うものはいくらでもいる。バラスタはテントの中を歩き回り、頭の中で勘定をしていた。
「そこの君、来たまえ」
座っている子供の腕を引いた。親がいるかも知れないが気にすることはない。
バラスタの腕に、ピシリ、と赤い筋が浮かんだ。
ずれていく。
「ぎええええええ!」
腕を切り落とされたバラスタは叫んだ。
テントが翻る。空中に浮かんでいるのはバラスタが数時間前に捨てた銀髪青眼の少女だった。
「名はビショウ。この娘の復讐を代行する」
バラスタは逃げた。子供と重傷者を押しのけテントから飛び出し戦場を走る。見目は良かったのに病気だった、残念だ。今更バラスタは少女を捨てたことを悔やむ。軍人たちはバラスタを見たが戦闘に夢中で構っている暇はない。
「あがっ」
バラスタの全身に無数の穴があいた。
「不偸盗、滅!」
復讐は成し遂げられた。
三
解放軍の中にその男はいた。男の名はコー。シータの兄である。
「シータ……?」
風に攫われていく妹の影を、兄は目で追った。
四
世界を足下に置いてシータとビショウは空を飛んでいる。
「次は誰に復讐しますか。あなたの村を襲った帝国軍でしょうか」
「………」
シータは答えなかった。心は読まれている。