表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

第1話


  一

 復讐を達成した、あの甘美な感覚。


 彼は転生てんしょうしたらしい。

 そのことに気付いたのは今世の身体が……少女の身体が、十四になってからだ。

 小さな村に生まれ落ち、村を焼かれ、一晩いくらで好事家たちに嬲られ、病を発し、山に捨てられて今に至る。

 全身が痛い。彼は思った。

 山で迷った時はむやみに歩かず頂上を目指すと良い。修験の記憶から彼はその知識を引っ張り出し、獣道を這いずった。

 黒い髪を振り乱し、鋭い棘に身体は切り裂かれ、血を流しながら這いずり続けた。


 頂上。

 達成感はない。あれにくらべれば、全く……。彼は物足りなさを感じていた。

 尾根道を眺める。

 松明が見えた。


 グランデル領主のコロース・ヴァインシュタインはキツネ狩りに飽き飽きしていたので、人買いたちが夜毎『欠陥品』を捨てに来るこの山の噂をあてにした。

 しかし、欠陥品であるゆえかコロースを楽しませるほどに生きのいい獲物はおらず、コロースは自分の太鼓腹を掻き、従者たちも皆あくびを噛み殺していた。

「しかたない。屋敷で楽しむか」

 一頭、見目の良い欠陥品を拾っていたのだ。銀髪青眼の少女には縄をかけて従者が捕えている。これを土産に帰ろう。拷問部屋の洋梨はちゃんと研いでいただろうかとコロースは馬の上で思いを馳せる。

 ふと、山の上から何かが聴こえた。

 獣の声かと思われたそれは、黒い影を伴ってコロースの前に現れた。


 影は風になり、松明へ向かっていった。

 松明を掲げ持っていた肉を裂いた。血しぶきが跳ぶ。それに驚いた肉が剣を抜くが、彼は風だ。手当たり次第に切り裂く。

「―――! ―――!」

 一等太い肉が何かを叫んでいる。我は領主なるぞ、だろうか。風にはどうでもいいことだ。切り裂く。脂肪が絡まる感触。血。

 太い肉は大きな肉に乗ったまま逃げていった。

 あとに残されたのは一体の小さな肉。

「誰」

 今度は彼の意識にはっきり聴こえた。ささやかな声だったが。

「きみは、誰」

 さて、誰だっただろうか。風、と答えるのも芸がない。彼は、ふと自分の足がないことに気が付いた。ああ、なんだ。とっくに体は限界を迎えていたのか。

 ならば、答えは一つしかない。

「名はビショウ。復讐を求める怨霊です」

 小さな肉は、高い位置にあるくびれを曲げてその名を繰り返した。

「ビ、ショウ……」

 小さな肉は……少女は失禁していた。膝も震え、立っているのがやっとだった。少女に縄をかけた者たちは死体となり、領主は腹を裂かれて馬で逃げていった。悪臭が漂う藪の中、影は頭を下げるような気配を発した。

「怖がらせて申し訳ありません。あなたから、気配がしたので」

「けはい……」

「復讐の気配です。さあ、あの領主へ復讐しに参りましょう」

 少女は気を失った。




 肉を切り裂かぬように気を付けて、ビショウはその身に抱き上げる。

 空を飛んだ。

 山路に落ちていた松明の火は木陰で見えなくなり、向こうに紫色の朝焼けが見えた。

 小さくなった山の麓に、屋敷が見えた。

 ビショウは笑う。



  二

「ああ、なんだ、なんだあれは!」

 半狂乱になったコロースは屋敷へ戻っていた。脂肪の層により急所を外れた傷跡を布で抑えながら、留守を守っていた執事に言った。

「いいか、何が訪ねて来ても追い返せ! あれは山の魔物だ!」

「わかりました、コロース様。ですが医者を」

「医者など要らぬ! ええい、私は帝国の第一騎士、コロース・ヴァインシュタインだぞ!」

 蝋燭の明かりが消えた。窓が鳴り、すべての光が消える。

 影が窓を割った。

「名はビショウ。この娘の復讐を代行する」

 割れた窓ガラスが月の光を反射する。その中で裸の少女を抱いた影が宣言した。

 コロースは家宝の槍を掴んだ。

 しかし、遅い。

「不殺生、滅!」

 銀の穂先が届く前に、影の手が到達した。

 コロースの頭蓋が分かれた。縦に四つ、まるで盛り付けられる前の洋梨のように。


 復讐は成し遂げられた。


 影の低い唸り声が響く。それは異界の言葉、読経であった。

 執事は主人の頭を繋ぎ合わせる医者を呼びに行った。



  三

「気が付かれましたか」

 声がして少女は目覚める。

 ビショウが体を支えている。風が強い。

「下は見ないほうが良い」

 その時、少女は自分が空を飛んでいることに気が付いた。

「あなたの名はわかります。シータ、かつてそう呼ばれていた」

「あ……シー、タ……」

 ビショウは少女の記憶を読んだ。シータの目から涙が零れ落ち、空に散っていく。

「次はどこへ復讐に参りましょう。あなたを攫った人買いですか」

「……もう」

「妄?」

「もう、誰も傷つけないで」

 ビショウは、困った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ