全ては親の責任
ウォーンリー王国王宮では夜会が開かれていた。
リーガード侯爵令嬢アンネッテ・ソルフリッド・リーガードは目の前の状況に心の中でため息をついていた。
「まあ! アンネッテお義姉様がまた壁の花になっているわ!」
品のない声でそう笑うのは、アンネッテより一つ年下の義妹リッケ・グレーテ・リーガード。
ふわふわとした黒褐色の髪にエメラルドのような緑の目。小動物を彷彿とさせるような可愛らしい顔立ちのリッケ。
アンネッテは真っ直ぐ伸びたアッシュブロンドの髪にサファイアのような青い目。美形ではあるのだがリッケとは違い、どこか冷たそうな雰囲気だ。
「あんな地味なドレスを着て辛気臭い顔をしているから壁の花になっても仕方ないな。少しは可愛らしいリッケを見習えば良いものの」
下卑た笑みでそう話すのは、ブロック侯爵家次男ゲイル・トリグヴェ・ブロック。赤毛にグレーの目の、派手な青年だ。
彼はアンネッテの婚約者なのだが、アンネッテではなくリッケを優先している。
また、リッケの周囲にいる者達も、アンネッテを蔑み笑っていた。
(いつものことだから、気にしていたら切りがないわ)
アンネッテは再び心の中でため息をついた。
リーガード侯爵家の長女として生まれた今年十六歳のアンネッテ。彼女が十歳の時に実母ソルフリッドが亡くなった。その後、父でありリーガード侯爵家当主のモルテンは後妻として男爵令嬢だったグレーテを迎えた。モルテンはソルフリッドの生前からグレーテと通じていたようで、モルテンとグレーテの間に生まれた九歳の娘リッケもリーガード侯爵家に引き入れられた。
そこからアンネッテは存在しない者として扱われていたのだ。食事や身の回りの準備などもアンネッテは自分自身でしなければならなくなった。更に、アンネッテは義妹リッケからことあるごとに小馬鹿にされていた。
「アンネッテ様、リッケ様を放置しておいてよろしいのです?」
アンネッテの元へやって来たウレフェルト伯爵令嬢メリアン・マルテ・ウレフェルトが眉を顰めている。
「あの子は言っても聞きませんわ」
力なく笑うアンネッテ。サファイアの目は諦めに染まっていた。
「ですが、リッケ様のあのような態度はこのウォーンリー王国の貴族社会の秩序を乱しかねませんわ。アンネッテ様の婚約者だけでなく、他の方の婚約者にもベタベタとはしたない真似をしておりますのよ」
メリアンはリッケの態度に憤慨していた。そのヘーゼルの目は、ギロリとリッケを睨んでいる。
リッケはメリアンの婚約者にも馴れ馴れしく接していたのだ。
「メリアン様にもご迷惑をおかけして申し訳ございません……。リッケは私の言うことなど聞きませんし、両親もリッケに甘いので……」
アンネッテは憂いを帯びた表情でため息をついた。
「アンネッテ様も大変ですわね」
メリアンもため息をつきながら、自身のダークブロンドの髪を耳にかき上げる。
その時、リッケがゲイルやその他の令息達を引き連れてアンネッテの元へやって来る。
「お義姉様、今私の悪口を言っていたでしょう!? お義姉様の分際でそんなこと言って良いと思っているの!? お父様とお母様に言い付けてやるんだから!」
エメラルドの目を吊り上げるリッケ。
「アンネッテ、お前はリッケに嫉妬しているからそんなことを言ったんだろう!? 心まで醜い奴だな!」
ゲイルのグレーの目はギロリとアンネッテを睨み付けている。
「さっさとリッケ嬢に謝れ!」
「そっちのメリアン嬢もリッケ嬢に謝ったらどうだ!」
リッケの周囲にいる令息達もアンネッテ達を責め立てる。
アンネッテは諦めたようにため息をつき、口を噤む。
そしてそこへアンネッテの父モルテンと義母グレーテまでやって来た。
「アンネッテ、お前はまたリッケを虐めたのか!」
「本当にろくでもない子ね! それに一緒にいる娘もレベルが低そうだわ!」
モルテンとグレーテは一緒になってアンネッテを責め立てる。
メリアンは伯爵家の娘なので強く出たとしても握り潰されてしまう。
アンネッテは諦めてただ嵐が過ぎ去るのを待つかのようであった。
しかしそこへ第三者が現れる。
「一体何をしているのかしら?」
威厳と品のある声だ。
アンネッテ達の目の前には、太陽の光に染まったようなブロンドの髪にターコイズのような青い目の長身の女性がいた。
「これは……ガルトゥング公爵夫人……!」
モルテンは目を大きく見開いた。
アンネッテ達の前に現れたのは、リスベット・グンヒル・ガルトゥング。ウォーンリー王国女王であるヴィクトリアの妹なのだ。
元々ウォーンリー王国の王族であるハルドラーダ王家に生まれたリスベット。その髪色と目の色は王家の特徴でもある。彼女は筆頭公爵家であるガルトゥング公爵家に降嫁したのだ。
「リーガード侯爵、貴方は侯爵夫人と共にアンネッテ嬢に虐待をしているように見えるけれど」
有無を言わさぬ強い口調のリスベッド。
「そんな、我々は虐待など」
モルテンは必死に言い訳をしようとするが、上手く言葉が出て来ない。
「アンネッテだけでなく、貴方達はリッケにも虐待をしているわね」
リスベッドの言葉にモルテンとグレーテは驚愕して目を大きく見開く。
「リッケにも虐待!? 何かの冗談でございましょう!?」
「ええ! リッケは可愛がっておりますのに!」
するとリスベッドは呆れながら口を開く。
「きちんとした教育を受けさせていないでしょう。リッケはウォーンリー王国の貴族の秩序を乱すような行動をしているわ」
「え? 私そんなことしていないわ」
リッケは完全に戸惑っている。
「アンネッテもそうだけど、リッケもある意味では被害者ね。大丈夫よ。私に任せてちょうだい。悪いようにはしないわ」
リスベッドはアンネッテとリッケを憐れんでいた。
突然リスベッドがやって来たことで、その場は一旦収まったのである。
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その後、リーガード侯爵家には目まぐるしい変化が訪れた。
夜会の数日後、何とモルテンとグレーテが逮捕された。罪状は娘二人に対する虐待。
あの夜会後、リスベッドが姉でありウォーンリー王国の女王ヴィクトリアにアンネッテやリッケなどの子供を救う法律が必要だと訴えたそうだ。
そして直ちにその法律が成立した。
アンネッテが受けたものも虐待であるが、リッケのように親が適切な教育をなさなかった場合も虐待である。
逮捕されたモルテンとグレーテは裁判の結果有罪となり、公然の場で鞭打ち五十回と五十年の労働徒刑が科せられた。しかし、鞭打ちによる体のダメージが酷く、二人は労働徒刑中に亡くなったようだ。
これは見せしめである。
ウォーンリー王国は子供に対するいかなる虐待も許さないという国中へのメッセージなのだ。
父と義母の逮捕により、アンネッテはリーガード侯爵家当主になった。リーガード侯爵領は金山があり、ハルドラーダ王家としても何かあっては困るそうだ。そこで、王家はリーガード侯爵家に今年十八歳になる第一王子イーヴァルに婿入りさせることにした。アンネッテを蔑ろにするゲイルでは力不足と判断されたのである。
ちなみにメリアンも当時の婚約者とは婚約解消し、新たな婚約を結んだそうだ。メリアンの新しい婚約者は前の婚約者と比べ物にならない程優秀で優しいようだ。
そしてリッケはガルトゥング公爵家に引き取られ、しっかりと教育されることになった。
アンネッテと婚約解消になったゲイルはリッケに会いにガルトゥング公爵家へ向かったが会わせてもらえず、最終的にはガルトゥング公爵家へ無礼を働いたとして制裁を受けるのであった。
そして一年後。
ウォーンリー王国王太女アストリッドが二十歳を迎える誕生祭にて。
アンネッテは夫のイーヴァルと共に本日の主役であるアストリッドと彼女の夫でナルフェック王国から婿入りしたレミに挨拶をした後、夜会を楽しんでいた。
「アンネッテ、疲れてはいないかい?」
夫となったイーヴァルがアンネッテを気遣う。ハルドラーダ王家の特徴を見事に引き継いだ、太陽の光に染まったようなブロンドの髪にターコイズのような青い目である。
「ええ、ありがとう、イーヴァル様」
アンネッテはふふっとサファイアの目を細めた。女侯爵としてもかなりしっかりした様子である。
そんな二人に近付いて来る者がいた。
ふわふわとした黒褐色の髪にエメラルドのような緑の目に、小動物を彷彿とさせるような可愛らしい顔立ちの令嬢。彼女の歩く動作や所作は洗練されており、まるで王族のようである。
「お久し振りでございます、アンネッテお義姉様。いえ、リーガード女侯爵閣下」
彼女はガルトゥング公爵夫人により引き取られたアンネッテの義妹リッケである。以前のような奔放でやりたい放題で礼儀知らずではなくなっている。
ガルトゥング公爵家でしっかりと教育されたようだ。
「久し振りね、リッケ。いえ、ガルトゥング公爵令嬢と言った方が良いのかしら?」
ふふっと柔らかく微笑むアンネッテ。
「いえ、リッケで構いませんわ」
リッケは穏やかに微笑む。以前と比べてまるで別人のようだ。
「そう。ならば私のことも、リーガード女侯爵閣下ではなく、義姉として接してちょうだい」
アンネッテは品良く口角を上げた。
「ありがとうございます、お義姉様。今回はお義姉様に謝罪をしに参りました。リーガード侯爵家にいた頃の無知で礼儀知らずな私は、お義姉様にたくさんご不快な思いをさせてしまいました。本当に申し訳ございません。イーヴァル様にも、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません」
エメラルドの目は真っ直ぐ真剣だ。心から反省していることが手に取るように分かる。
「リッケ嬢、確かにリーガード侯爵家に婿入りすることになった件は驚いたけど、僕はあまり気にしていない。むしろ、アンネッテと夫婦になれて良かったと思っている」
イーヴァルは満足そうに笑っていた。
アンネッテは穏やかに品良く微笑む。
「リッケ、貴女の謝罪を受け取りますわ。ガルトゥング公爵家で素晴らしい教育を受けたようね」
「はい。ガルトゥング公爵家の家庭教師だけでなく、公爵夫人であられるリスベッド様から直々にマナーなどを教わりました。最初は厳しくて何度も逃げ出そうとしましたが、皆様が根気良く分かりやすく教えてくださり、今までの私がいかに問題があったかを自覚いたしました」
リッケはかつての自分の愚かさを恥じていた。
「確かに、リッケの態度には困っていたけれど、あの時は貴女だけが悪いわけではなかったわ。ガルトゥング公爵夫人が仰った通り、貴女も被害者よ。あの両親からきちんとした教育を受けさせてもらえなかったのだもの」
アンネッテは当時を思い出して苦笑した。
「お義姉様、改めて私と仲良くしていただけますか?」
やや不安げなリッケである。
そんなリッケにアンネッテは優しく微笑む。
「ええ、もちろんよ。よろしくね、リッケ」
アンネッテとリッケは握手を交わした。
ある意味親のせいで拗れていたが、ようやく仲の良い姉妹になれたのだ。
その後、アンネッテとリッケの仲の良さはウォーンリー王国の社交界で有名な話になっていた。
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1番の元凶は親だよなと思いながら書きました。