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第4話 君が知らない夜

「お肉美味しかったね〜」


 両手をお腹の上で繋ぎ、思いを馳せるようにシエルは呟く。かれこれすき焼きの最中からずっと同じようなことを彼女は口にしている。

 夕食後から既に二時間は経過しているが、風呂上がりになってもこの調子だった。


「そんなにお気に召したのなら週一くらいでお肉パーティーする?」

「み、魅力的だけど、見習いとはいえ聖職者がそんな事をするのはちょっと……」


 すき焼きに大興奮だったとはいえ、教えの通り清貧を心掛けるシエルにとってお肉パーティーは罪悪感マシマシの行為らしい。

 きゅっと目をつぶり顔を背けながら、両手の手のひらを楓都に向けて誘惑に抗っていた。


 しかし、昔の神父は好んで肉を食べていた気がするのだが、シエルはどのように育ったのだろうか。

 その辺は疑問だ。


「まぁ、その辺は明日以降に話し合う必要がありそうだね」

「だよね。お家のルールは決めておかないとね」


 男と女であり、信仰者と無宗教者、そもそも他人である楓都とシエル。気心知れた仲とはいえ家族としての決め事は必須だろう。


 この高校一年の冬から恐らく大学卒業までの六年以上はここで同居生活を営むことになる。

 家族になったとはいえ書類上であり、本当の兄妹ではない。血の繋がった親兄妹であっても揉め事は起きるし、ルールを設けている家は多いだろう。


「一昨日、結花さんに一緒に暮らすように言われてすぐだし、ほとんど決まってないことばかりだもんな」

「だよね。びっくりしたけど、私も一人暮らしは怖いし」

「ま、そろそろ遅いし、おいおい決めていけばいいか」


 夕食後、中々の時間話し込んでいたので既に十時を回っていた。

 シエルには言えないが、この後も予定がある。


 俺は寝るよ、と楓都は席を立って階段に向かう。

 すると、ダイニングの方から「あ、楓都」と、シエルが追いかけてきた。


「どうした?」

「おやすみなさい。ええと、それだけです」


 パジャマ姿のシエルは近くに立つと、慈愛に満ちた可愛らしく微笑む。

 愛らしい振る舞いに楓都も自然と表情を崩しながら「おやすみ」と返せばシエルは満足そうに「はい」とまた笑みを零して、ダイニングに残したティーカップの片付けに戻っていった。


(なんか後ろ髪引かれるな……)


 あの純粋な笑みを、自分のやろうとしていることで穢すような気がして、楓都はちくりと胸刺さるものを感じる。


 今日で終わりのつもり。だから最後に挨拶しておくぐらいなもの。

 明日からは同学年とはいえ、一応生まれの早い自分が兄として彼女とこの家と生活を守っていく、そう決めて楓都は階段を上がっていった。


         # # #



「さて。寝たかな」


 仮眠を取った楓都はジャケットを羽織り外行きの服装に着替え、シエルが寝静まった頃に部屋を出た。


 楓都の部屋から階段までの間に彼女の部屋がある。

 流石に部屋の中を覗くのは有り得ないので、光の漏れの有無と物音だけ確認してから外へ繰り出した。


 音を立てないように石畳の上を静かに通る。門を開けるとギィ、と音がするので高い身体能力を活かして塀をひょいと超えていく。


 時刻は午前四時を回る頃。

 目的はここから十五分歩いた公園。いつもは繁華街やその周辺を友人とうろついていたが、シエルと同居も始めたから、今日はそうするつもりはなかった。


(俺はクズに育ったよなあ)


 子供の頃から忘れない純真さと素直さ、ちょっぴりのわがままを持って成長したシエルとは違い、素行不良な自分に呆れた。


 ただ、僅かでも倫理を残していたからもう終わりなのだ。

 やや重い足取りで公園に辿り着く。


「遅かったね」


 公園の入口にある自販機に立ち寄ろうとしたところ、街灯が照らす奥のベンチから「よっ」と手を挙げている少女がいた。


 自販機でコーヒーとカフェオレを購入して楓都はそちらに足を運ぶ。


「悪い。起こさないようにゆっくり出てきたから」

「あー、今日から一緒に住んでるんだっけ?」

「そう」

「無理しなくて良かったのに」

「最後だからね。それにこうして散歩程度に出かけるのも好きだから」


 ふーん、と納得する彼女にカフェオレを投げつつ、その隣に二人分空けて座る。


 久乃佐くのざ燐音りんね

 楓都とよく夜遊びする同じ学校に通う同級生の少女だ。

 フード付きのパーカーとプリーツスカートに厚手のタイツを合わせ、黒いショートカットの髪にはピンクのインナーカラー、両耳にはピアスとやや派手っぽい印象を与える。


 お互い自由登校の期間にソロで夜遊びしていたところ出会った。

 それからたまにカラオケとかゲーセンとか、単に散歩するようになり気兼ねない友人としていた。


「シエルは元気?」

「いつもと変わらないよ。爺さん……神父がそうならないようにしてくれてたし、もう前から分かってた事だからね」

「そっか。お葬式で気丈に振舞ってただけかと思ったけど、それなら良かった」

「気にかけてくれてありがとう」

「こんなことしてたら悲しむかもだけどね」

「かもね」

「なんていうか、不倫してるみたい」

「……嫌なこと言わないでくれよ」


 星を見上げながら半笑いでいきなりぶっ込んできた燐音に、楓都は眉を寄せる。


 確かに彼は同居を始めた身だ。それも同い年の少女で幼馴染みであり、状況だけ見れば結婚みたいに見えなくもない。

 その上で、夜に出かけては別の女性と会うのだからもう役満である。


 もちろんシエルとは婚姻どころか付き合ってすらないし、楓都には恋愛感情もない。

 それでも後ろめたいことではあるので、微妙に胸が痛かった。


「はは。私たちは恋愛に発展したらそこで終わりだったし、恋人出来ても終わりだから健全だもんね」

「そういう約束だからな」


 こういう遊びをする上で、恋愛に発展するのだけはと思って予め取り決めた約束だ。

 もちろんどちらもきっちりと守った。


「けど、まぁ恋愛感情さえなけりゃだからね。楓都さえ良かったら、また。ねぇ?」


 ずいっ、と身を寄せて来た燐音は、良くない口振りで楓都を揶揄い半分に悪い笑みを浮かべる。


 ここで楓都に触れたり服装に手を掛けて、あからさまなアピールをしないあたり手馴れていた。


「なに?」

「ここまで来て知らないフリは出来ないでしょ。別に今から街へ行ってもいいんだよ。とんぼ返りなら朝間に合うでしょ」


 取り合うつもりはないので、楓都は余裕そうにスカしてみせる。

 だが、夜遊び仲間とあって悪いやつを自称する燐音は、手を緩めなかった。


 卑猥に歪めた唇で「ねぇ」なんて呟くものだから、楓都は小さく溜め息を吐いてから燐音に視線を合わせる。


 夜はまだ深みを増しそうだった。

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