第3話 お肉好きのシスターさん
「楓都のお部屋だけど、二階の右奥の部屋を使ってもらうつもりだからそこに荷物とかおいちゃってね」
リビングで脱いだコートをハンガーラックに掛けていると、シエルがそう教えてくれる。
指定された部屋は楓都が元々ここで暮らしていた時に使っていた部屋なので、それを考慮してのものだろう。
もう五年ほど前の事だが随分と最近に感じるのは、それだけ神父もこの自宅もシエルも身近であったのだ。
懐かしさと慣れ親しんだ穏やかさから、バタバタとしていたここ数日の疲労がほんのりと和らいでいくようだった。
「ありがとう。じゃあ、荷物を置いたら夕食の買い出しに行ってくるよ」
「私が行ってくるよ? お部屋の確認もあるだろうし」
葬式から持ち帰ったものを黙々と片していたシエルだが、さらっと言い出した楓都に反応して金髪を揺らす。
「いやいや、もう暗くなってきてるからね。一人で行かせられないし、足りない物とかは自分で揃えようと思ってて」
「そんなに気を使わなくてもいいのに」
さも当然のようにシエルは申し出てれているが、スーパーまで少し歩くし帰る頃には外は真っ暗だろう。
神父の真意は兎も角、ここで暮らすのはやはりシエルの為でもあるし、端から楓都はそのつもりだったのだ。引き受けた方がいい負担は引き受けさせて欲しいと思っている。
ひらひらと手を左右に振ってそれらしい理由をつけながら断ると、シエルはやや不服そうに眉を曲げていた。
「それに実は夕食のメニューも決めてるからね。差し支え無ければそれにしようかと思ってるけどどう?」
「おお。流石、楓都! もうメニューを決めているとは。因みに今夜のご予定は?」
「予定? ああ、少し外に……」
言いかけて楓都は止める。献立ではなく予定と言う言葉を使われたからか、素直に答えてしまいそうになった。
楓都のあれはシエルに知られてはいけないものだ。
(油断した。夜遊びの話をするとこだった)
「外食?」
「いや違うよ。ちょっと言い間違えた」
勘違いしてくれたのでこれ幸いと誤魔化しておく。
そうですか? と首を傾げるシエルに冷や汗を隠しながら、楓都は路線を切り換えた。
「で、夕食のことだけど。爺さんがね、ワシが死んだ日はパーっと良い肉でも食えって言っててさ」
「……それは、すごく神父さまが言いそう」
シエルや楓都に沢山のことを言い遺した神父だが、こんなことまで遺したのは神父なりの気遣いなのだろう。
そう聞かされたシエルは困ったように苦笑していた。
「当日は忙し過ぎてそんな気分でもなかったから、今日にしようかなと。メニューはすき焼きにするつもりだよ」
「す、すき焼き……!」
献立を聞いたシエルは思わず復唱するように漏らして、目を輝かせる。
口端からじゅるりと、涎を垂らす音が聞こえてきそうな勢いだ。
「そう、すき焼き。ちょっとお高めのお肉でね。この時間ならちょうどタイムセールに間に合うし」
「お高めのお肉……! 贅沢しても良いのですか?」
「たまにはってやつだよ」
老人と少女の二人暮し。しかも聖職者と聖職者見習いとあっては、それなりに質素な生活をしてきたことだろう。
肉々しい食事や質や値の高い食材を使った料理を食卓に並べるというのはあまり無かったはずだ。
ただ、楓都が暮らしていた時はそれなりの頻度で肉とか魚とか食べていた気もするが、最近はここへ来た時も大体、清貧に近い暮らしだったと記憶している。
だが、望んでそうしていたとはいえ美味しいものは美味しいし好きなのだ。
滅多にお目にかかれないお高めのお肉という魅惑の言葉に、また一段とシエルは眼の輝きを強くしていた。
「だから楽しみにしててくれたら良いよ」
「うん! 楽しみにする!」
話が纏まると「ささっ。お高めのお肉が売り切れない内に!」とシエルに背中を押されながら、早速楓都は買い出しに出掛けた。
その後二人でちょっぴり罪悪感を感じながら、しっかりとすき焼きを楽しんだのは言うまでもない。