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第2話 宵の明星とシスターさんのおかえりなさい

「そう、今日からここがあなたのお家。そして私の帰る場所。神父さまは天国に行っても楓都を近くで見守りたかったそうで」

「そんな事、俺には一言も言わなかったのに……」

「あの方は豪胆でいて繊細だもん」


 神父の真意を知って楓都は困ったように頭を搔く。

 同じようにシエルも小さく笑いながら少しだけ眉を困らせていた。


「俺の引越しはてっきりシエルの為とばかり思ってたんだけど」


 と楓都が言うのも、自身の引越しはシエルへ配慮したものだと思っていたからだ。


 現在、楓都は全国的な知名度を誇るブライダル会社の女社長、祝井いわい結花ゆいかという女性の養子なのだが、その結花が生まれた時から知っている神父は、何かあった時は彼女にシエルの身元を預かって貰えるように頼んでいたらしい。


 またその上で結花が書類上で教会の管理者となっているが、神父の遺産は寄付と一部は楓都、残りは全てシエルに相続する事が遺言での取り決めがあった。

 神父の自宅は相続されたが、女子高校生一人で管理できるものでは無いし、本業の為にこちらで暮らせない結花に変わって幼少期より親しくまた家族となった楓都にも自宅を任せる事になったのである。


 そんな筋書きだと理解していたが、神父は素直ではなかったという事になる。


「何はともあれ今日から家族だから、神父さまを思ってあげてね」

「ほんと寂しくないとか言ってたのに素直じゃない人だよ」

「それも神父さまだしね。さて、底冷えしてきたし、お家に入ろう」


 はぁー、とシエルはかじかんだ両手を温めるように息を吐いてから「ね?」とにこりと笑う。

 それに応じるように楓都は瞼を閉じ、僅かに口角を歪め顎を引いて頷くと、門の鍵を開けてシエルと共に敷地を跨ぐ。


 慣れたように石畳を通れば今日から自宅となる家のドアの前に辿り着く。そのドアの鍵を取り出そうとすれば楓都とドアの間にシエルが、にゅっと身体を割り入れた。


「こっちの鍵は私が開けるね? おかえりなさいをしてあげるので」

「楽しそうだね」

「うん! 何せ家族になるんだから」


 随分とご機嫌そうに言ってシエルはキーケースから鍵を取り出す。


 幼少期よりシエルとは知った仲だが年頃の男女でもあるから、同居に関してはいくつか懸念していたものの、今の所は杞憂に終わりそうだ。

 うきうきと鍵を回しているところを見るに、余程一緒に暮らせることが嬉しいらしい。


 まぁ何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 想い人との同居なんて恋する少年少女、否。大人でも一様に夢見たり思い描くシチュエーションだろう。

 もちろん、楓都は露ほども知らないし気付く気配もない。

 シエル自身も伝わって欲しいけどまだ伝えたくない、なんていじらしい想いを抱えながら楓都へ恋心を寄せている。


 だからシエルはいつかこの関係が変わることを願って、めいっぱいに楓都を家族として迎えるくらいの事はしたいのだ。

 そんな小さな種を抱えて、シエルはドアを開く。


「開いたよ。さぁ、どうぞ!」


 すっ、とドアから一歩下がったシエルは、とびきりの笑顔で楓都に一番乗りを譲る。

 眩しいくらいに純粋な喜びを表す家族のお出迎えは、とても贅沢なものだろう。


 遠慮なく、と言われるが、そこそこの頻度で出入りしている家でもあるので、その仰々しさに楓都はやや気恥ずかしそうに玄関を跨いだ。


 ちらりとシエルの様子を伺うと、どうしてか少しご不満な様子だった。

 何故? と数秒困り果てたあと、楓都はその訳に気付く。


「ええ、と。ただいま、が必要?」

「もちろん!」


 胸を張ってシエルは言い切る。


「……じゃあ、ただいまです」


 ほんのり照れながら楓都がそう口にすれば、


「はい! おかえりなさい、楓都!」


 先程の笑顔を再現するようにシエルは満面の笑みを作り直して、愛おしい新たな家族を迎え入れた。

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