第1話 宵の明星とシスターさんのおかえりなさい(前編)
「良いお葬式だったね」
一番星の金星が頭上で輝く雨上がりの住宅街。靴裏から水分を含んだ音が響く中、透き通るように柔らかな声が漏れた。
それは静かに歩く二人の内、長く流麗な金糸雀色の髪を冷やかな秋風でたなびかせる少女――久遠シエルのものだ。
そのシエルに目を移せば、清楚可憐の一言では足りないほどに整った容姿が飛び込んで来る。
周囲からはある理由で恋をしない天使と呼ばれ、きっと一目見たら忘れないだろう長い睫毛を携えた若葉色の瞳に、つんと立った鼻、新雪を思わせる肌はシミ一つとして荒らされた痕跡は無く、正しく絵本の世界から現れた天使と勘違いするほどだった。
それほど可憐だと言うのに、その上シエルは唇をたわませて儚げな笑みを浮かべるのだから、シエルの隣を歩く少年――東雲楓都は見惚れてしまいワンテンポ遅れて頷く。
「きっと爺さんも喜んでるだろうね」
「はい。私も楓都もあんなに笑ってお見送りが出来たし、とてもお喜びになられていると思うよ」
「少しはしゃぎすぎたような気もするけど……」
「えへへ。本物のロックバンドさんのヘビメタは流石にやり過ぎだったかも」
そうだよなぁ、と楓都は苦笑しながらつい数時間前の葬式の事を思い出す。
見送った旅立ちは、グレイグ・オーガストという神父をしていた老人のもので、彼は身寄りの無いシエルの里親だった人物だ。また、幼い頃に同じく身寄りを無くした楓都も一時期お世話になっていた。
二人にとって父であり、祖父であり、家族であり、大恩人だ。
その故人兼ねてよりの願いは、楽しく笑って送り出してくれること。普段からそれを伝えていたからか、彼の葬式で頬を濡らす者は少なかった。
神父は生前、自身の式の事で色々と画策していたらしく、楓都やシエルも前日に詳細を知って困惑したほどだ。
ただ、出来る限りは故人の要望に応えるという施設側の計らいもあって、容易に実現した。
参列者は少し引いた様子もあったけれど最後は全員笑っていたし、今思い出しても小さな笑みが漏れるくらいには素敵な愉快さだった。
「でも、神父さまの願いが叶えられて良かった。それに全部だから、悔いもないと思う。特に三つほど」
「三つ?」
人差し指、中指、薬指をぴんと立てたシエルにこてんと首を傾げた楓都が聞き返す。
「一つ目は先の通り、二つ目は私の事だよ。身元の方は手続きが上手く進んだし」
身寄りの無いシエルにとって神父は唯一と言っていい家族だ。神父の妻も五年前に他界しているし、彼女は実の両親の時に加えて、また一人になってしまったことになる。
そして、神父から見ても残すことになる唯一の家族だ。気に掛けない訳がないだろう。
まだ未成年のシエルを守る事を最後まで優先したに違いない。
「そりゃシエルの事は気掛かりだろうしね。それは俺も聞いてたけど三つもは知らないなぁ」
「もちろん、あなたのことだよ。神父さまは楓都のことを凄く気にしてたし」
言って、シエルは人差し指以外を閉じて、その人差し指の腹を楓都の鼻に近づける。
「俺は特に変わりはない……けど?」
「いや、何を言うの。今日から変わるでしょ。ほら、着いたよ?」
町の郊外の住宅街 またそのはずれにある一般的な民家より大きな家の門前で二人は足を止める。
外見は西洋風に寄せた造りになっている庭付きの住宅で、シエルは其方を背後に両手を広げて見せて、それから楓都に愛らしい笑みを向けた。
前回、書き損ねたものを載せておきます。
本作品は実在の人物や団体などと関係はありませんが、
歴史とか文献とか文化とかそういった要素とか、宗教の一般的にイメージ化されたものなどから引っ張ってきていますけど、あくまでもモチーフである事を念頭に置いていただければと思います。
あと、聖女様シリーズで書けなかったものを詰め込んでるので、もうね、シスターとか神父とか同居とか義妹とか、軍隊上がりのドレッドヘアの黒人とか、悪質新興宗教団体との対決とかやりたい放題してます。
趣味の作品なので、更新は多分最初だけであとは緩いかもしれません。気長に見守って頂ければと思います。