外交
「主上、動き出しました」
瑠璃宮に入るや、微かな声が掛けられた。
絶妙な声の調子で、迎えに出てきた他の官吏たちには聞こえていないようだ。
カザムたちにだけ通じる指のサインでおれの部屋に来るように伝え、足を進めた。
「王よ、他国より即位式の席次に関する苦情が四件寄せられております」
その背を追うように、副秘書官の声が掛けられてくる。
「内容は」
「エルグの下座では、参加するわけにはいかないと」
「エルミのウラノス王国、バルムス王国か」
「はい。それとエルスのウゼル王国、隣のリゼル王国です」
面倒くさいことを言ってきやがる。
「執務室にラムザスとシルフを、それに特命政務官を集めろ」
「承知しました。それと、外務大司長が即位式の確認をしたいと申し出ています」
「一緒に、執務室に来るように言ってくれ」
下がる副秘書官に手を上げ、そのまま階段に足を進めた。
「カザム」
声を掛けると、
「はい」
すぐに、返事が来る。
「公貴と官吏の動向は、どうだ」
「公貴は何もありませんが、官吏たちは特命政務官の重用に、不穏を察し始めています」
「公領主に動きはあるか」
「官吏たちとの連絡を密にし、動向を探っています。しかし、表立っての動きはありません」
「商業ギルドはどうだ」
「奴隷解放に反発が強く、それぞれのアセットが動いております。同時に、公貴たちへの懐柔を進めています」
反乱の扇動か。だが、公貴たちの兵は取り上げた。使うには傭兵しかいないが、それも入国の制限を掛けている。
「残る手は、おれの暗殺か」
「それは出来ますまい。暗殺者風情で、主上のルクスを破れる者などおりません。それに、主上の周囲には自分たちがおります」
「ありがとう、世話になる」
カザム達には感謝しかない。
「それと」
「他にも何か」
「商業ギルドから各国に、エリス王国と距離を置くようにとの通告が先ほど出されたようです」
踏み絵か、単純でいい。
「エスラ王国の王は、内乱を理由に帰国するようです」
「そうか、分かった」
エスラ王国は問題ない。問題なのは、ラルク王国の動向か。
三階に上がり、執務室の扉を開けた。
その後を追ってきたように、ラムザスとシルフが駆け込んでくる。
「帰ってきたか。ラルク王国の女王はどうだった」
ラルク王国のことは、レイムが熱弁を振るっていたのだ。世界で初めて印綬の者以外が天籍に入った国になり、国の勢いもあると。
エルグ種の王国だが、国として付き合うべきだと。
ラムザスたちも気になっていたようだ。
「フレア女王のルクスは輝き、真直ぐに伸びている。随行官吏も船夫もルクスに穢れはない。第一、補佐をしている賢者が、尋常ではない。信に値する」
そのまま机ではなく応接用の椅子に腰を下ろした。
「尋常ではない賢者、どういう者」
シルフが顔を上げた。
「まず、おれと同じようにルクスを隠せる。相手のルクスを見ることが出来る。そして、あの目は死を潜り抜けてきた者の目だ」
「面白いな」
テーブルを挟んで、二人も座る。
「それでは、解放した奴隷はラルク王国に帰すのだな」
「ダリアが向こうの政務官と詳細を詰めている」
ラムザスが続けようとした言葉は、扉が開かれる音に止められた。
「王よ、ウラノス王国とバルムス王国の使者から強い抗議がありました」
入ってきたのは、外務大司長のバウゼンだ。
「抗議など放っておけばいい。言ったように、この国の外交の基本は相互主義とする。王が来るなら王が出迎え、印綬の者ならば印綬の者が出迎える。席次も同じだ。この国では、王を外務司士の下座に座らせることはない。同格の者ならば、その国の王の在位期間で上下を定める」
「その王の相互主義という理想は理解しますが、さすがに国の格を無視するわけにはいきません。今の所、各国の使節団には言葉を濁らせております。外務司で新たな席次を作成しましたので、ご承認をお願いします」
テーブルの上の紙を取った。
おれの隣の上座にはウラノス王国とバルムス王国の外務司士が左右に並び、そのずっと下座の末席にエスラ王国のフレア女王とラルク王国の外務大司長が向かい合うように並ぶ。
くだらない。これこそ国際儀礼に反するだろう。
その紙を後ろに放った。
「国の格、それは誰が定めたのだ。創聖皇は種にも国にも上下はつけていないが」
「国家間の慣例でございます」
「ならば、その慣例も一新する必要がある」
「ですが、彼らは大国。気分を害し、貿易を止められればこの国の食糧は尽きてしまいますぞ。ただでさえ、国の食糧庫を開け放ち、備蓄は二月も持ちません」
「食料については、ある程度の目途はつけた。この席次については変更をする気はない。相手が気分を害し、使者を入れ替えるようと不参加になろうと、それは構わない」
「それは、乱暴すぎます。外務とは他国との波風を抑え、平穏を図り、交易を密にすることです」
なんだ、何を言っているんだ。
当然ことと思って聞かなかったが、それがこの世界の外交なのか。それとも、この国の外交なのだろうか。
「外交とは、国益を図ることではないのか。互いの国益を優先しようとするのだ、波風は立って当たり前だろう」
「いえ、国は未だ疲弊しています。ここは姿勢を低くして他国に頼まねばなりません」
何だか、幼い頃の坂本を思い出すな。
気が弱くて断れずに、曖昧な返事をしていたな。その為に苛められてよく泣いていた。
「それこそ、国の格を落とすことではないのか」
「仕方がありません。ここは大国の言うことを聞いておく方が、最善です」
駄目だ、事なかれ主義のその姿勢は変えようがない。
「分かった、無理強いはすまい。現時点を持って外務大司長バウゼンは休養を取る。後任には、シゼル。お前を臨時外務大司長代行に任ず。直ちに最終席次を各国の代表者に渡せ」
「承知しました。出席者の変更があった場合は、先ほどの序列で席の変更を掛けてもよろしいですか」
「構わない。出席を取りやめるという国が出ても、止める必要はない」
「承知致しました。直ちにかかります」
「待たんか」
そのシゼルの背をバウゼンの怒声が追う。
「たかだか二種の政務官が、国の外務を傾けるか。王よ、小職を外すというのが、どういうことかお分かりか」
「ラムザス、バウゼンは疲れすぎて、何を言っているのか分かっていないようだ。退室して貰ってくれ。他の外務司官吏も無理に働かせる必要はない。シゼルには人を与える」
その言葉にシゼルが頭を下げて走り出し、ラムザスはバウゼンを抱え上げた。
「これは、上級政務官を敵に回すことになりますぞ」
叫ぶその声は、扉の外に消えてく。
「これは、えらい騒ぎになる」
閉められる扉と同時に、シルフが息を付いた。
「仕方なかろう。あの調子では即位式どころではなくなる」
「確かに、やむを得ない」
言いながら、シルフは壁際に下がっていた特命政務官を呼ぶ。
「でも、これで王宮官吏たちは二分する」
「従うか、逆らうか。物事は単純な方がいい」
「隆也王は、単純すぎる」
呆れるように言いながらも、シルフの顔に浮かんだのは笑みだ。
彼女もだいぶ歪んでいる。
「それでは、皆に話がある」
並んだ特命政務官に顔を向けた。
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